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阪神大震災から25年 「まるで空襲受けたよう」 当時救援隊に参加、永島署長

社会

掲載号:2020年1月17日号

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永島署長
永島署長

 兵庫県・淡路島北部を襲った阪神淡路大震災から今日でちょうど25年。当時、救援隊の一人として救命活動に参加した永島弘美消防署長に当時の様子を聞いた。

 1995(平成7)年1月17日、午前5時46分。神戸市で国内で初めて震度7(地震の規模を示すマグニチュードは7・3、関東大震災は7・9)を記録した大地震が発生。大和市内でも震度2を記録した。

 被災地の被害は、夜が明け、テレビやラジオからの情報が入るにつれ、その甚大さが明らかとなる。神奈川県からの要請を受け、大和市は消防署員5人からなる救援隊を結成。当時35歳だった永島署長も一員として参加した。救援隊の第1陣は翌18日の正午、東名高速道路の厚木インターチェンジに集合。綾瀬、座間、海老名、平塚、相模原の救援隊と合同で神戸へ出発した。

 一般車両の進入が禁止となった高速道路。「渋滞していた印象はなかった」(永島署長)が、大阪に入ると安全に配慮した速度制限もあり、6時間程で到着する神戸まで18時間を要し、神戸市役所に到着したのは19日の朝だった。

 救援隊は、神戸市役所に設置された災害対策本部の指示を受け、灘区での救助活動に従事。灘消防の指示・先導のもと、倒壊した建物の下敷きになった人らの救助に当たった。

 「空襲の経験はないが、爆撃を受けたよう」(永島署長)な神戸市内。建物内にいる人の救助へ向かったが、救出した人の多くは、建物の下敷きとなり亡くなっていた。死因の8割以上が建物や家具の下敷きによる圧死で、ほとんどが即死だった阪神大震災。永島署長は「41年間消防に携わっているが、あんな酷い現場は初めて。最初で最後であってほしい」と当時を振り返った。

 第1陣に続き、第2陣の5人が20日、大和を出発。それぞれ5日間救助活動を行った。

 阪神大震災以後は、大きな災害に対する救援体制も整備されたが、当時は「支援」が優先。救助工作車で向かった第1陣は、5日間のうち3日を車内で過ごした。

 当時の経験を踏まえ永島署長は「隊員全員が、防災に対する知識、技術、いつでも対応できる体制、心構えを持つことが必要」と語った。

大和市消防防災訓練センターに掲示された神戸市内を映した写真
大和市消防防災訓練センターに掲示された神戸市内を映した写真

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