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厚木・愛川・清川 文化

公開日:2026.09.09

半原宮大工 森悦造 宇都母知神社を手掛けた名工 ZOOM UP

  • 写真左から2番目が森悦造(提供鈴木さん)

    写真左から2番目が森悦造(提供鈴木さん)

  • 鳥居をくぐった正面にある拝殿と奥に続く幣殿、本殿(上)、境内の飛び地に位置する鐘楼(下)

    鳥居をくぐった正面にある拝殿と奥に続く幣殿、本殿(上)、境内の飛び地に位置する鐘楼(下)

 藤沢市打戻に鎮座する宇都母知神社の本殿、拝殿・幣殿、鐘楼が、国の登録有形文化財(建造物)に登録される見通しとなった。関東大震災からの復興を経て、今年で再建100周年を迎えた歴史的建築群。その再建を主導し、美しい社殿を作り上げたのが、愛川町半原を拠点に社寺建築などを手掛けてきた大工集団「半原宮大工」のひとり、森悦造だ。

 森悦造は、江戸時代から続く技術の系譜において14代目で初めて矢内姓を名乗った矢内右兵衛高光の弟子にあたる。高光は半原大工集団を形成し、江戸城の普請をはじめ関東一円の神社仏閣の建立に尽力した人物。

 半原宮大工の最大の特徴は、一般的な建築作業だけでなく、社殿の細部を飾る彫刻までを一人でこなす「一人二役」の技術力にある。悦造が手掛けた本殿、幣殿、拝殿にも、その技が遺憾なく発揮されている。

 悦造には17人の弟子がおり、そのひとりである鈴木重二さんに師事した宮大工の鈴木光雄さん(88)は、悦造について「非常にきつい親方だったと聞いている」と明かす。鈴木さんは、大先輩である悦造の仕事が国に認められたことに「半原宮大工の評価にもつながる実に素晴らしいこと」と誇らしげに話す。

 時代の変化に伴い、矢内匠家の伝統技術は鈴木さんの子息の代で途絶えてしまうという。しかし、悦造が情熱を注ぎ込んだ宇都母知神社の社殿は文化財として刻まれ、その偉大な足跡と職人魂を後世へと語り継いでいく。

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