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伊勢原 コラム

公開日:2026.03.07

【寄稿】上郷の郷土芸能を次の世代へ
海老名市の式内社・有鹿神社の囃子団体「上郷はやし連」
タウンニュース市民ライター「相模国神社祭礼・添田悟郎

  • 【1】新春はやし叩き初め大会での演奏

    【1】新春はやし叩き初め大会での演奏

  • 【2】山崎久利沙さん、田中みなみさん、松原亮子さん

    【2】山崎久利沙さん、田中みなみさん、松原亮子さん

  • 【3】吉嵜奈美子さん (4名とも灰色半纏)

    【3】吉嵜奈美子さん (4名とも灰色半纏)

  • 【4】有鹿神社例大祭 (上郷はやし連提供)

    【4】有鹿神社例大祭 (上郷はやし連提供)

  •   【5】えびな市民まつり (上郷はやし連提供)

    【5】えびな市民まつり (上郷はやし連提供)

 新春はやし叩き初め大会に密着

 海老名市では毎年1月最終日曜日に「新春はやし叩き初め大会」が開催され、第46回目となった2026年(令和8年)1月25日の大会では、市内の15の囃子団体が参加し、それぞれ15分(準備・片付けを含む)の時間で祭り囃子を披露した。私自身、海老名市全体の祭り囃子を聴くのは今回が初めての経験であったが、その系統や曲調などをわずか1日で体感することができた。また、囃子の演奏に合わせて獅子舞やオカメ・ヒョットコなどの踊りを披露する団体もあり、祭り囃子の知識がない一般の方でも十分に楽しめる内容だと感じた。同大会は参加団体が多いために午前と午後の二部で構成され、全体の12番目に「上郷はやし連」が登場し、大人と子どもが一体となった躍動感のある演奏が会場の観客を魅了したのである。今回は、海老名市内の祭り囃子と上郷はやし連について、インタビューをした5名の方々の想いを交えながら紹介していく。

「相模国神社祭礼」は神奈川県内(旧相模国)の神社の祭礼を中心に紹介するウェブサイトで、地域の祭りの活性化を主な目的とし、文献調査と実際の祭礼の取材を行っている。

 海老名の祭り囃子と文化財への道のり / 大塚真樹さん

 海老名市には海老名の祭り囃子を伝承する17の団体があり、「下町囃子系(7団体)」と「新囃子系(10団体)」の2つに大別され、これとは別に、旧津久井郡(現相模原市)から1944年(昭和19年)までに移住が完了した勝瀬の「目黒囃子系」がある。海老名の祭り囃子は江戸時代から行われていた地区もあり、戦争の影響で一時期途絶えていたものの、戦後に復活して伝承が続いている。現在、海老名の祭り囃子に関わる人数は約530人にのぼる一方で、後継者不足などの課題があることから、この祭り囃子を市内外に広く認知させ、後世に伝える一助とすることを目的に、2025年(令和7年)9月29日に「海老名の祭囃子」が海老名市の重要無形民俗文化財に指定された。市内での文化財の指定は20年ぶりのことで、保持団体として上記の17団体で構成される「海老名市はやし保存連絡協議会」が認定された。

同協議会の会長である大塚真樹さんは文化財の指定に尽力した一人で、大塚さん自身も幼少の頃より祖父から祭り囃子を教えられ、小学校入学と同時に地元の大谷地区で祭り囃子の活動に参加してきた。大塚さんは祭り囃子が単なる芸能ではなく、世代を超えて人を育てる“社会教育の場”であることを実感し、各地域の囃子団体が大切に守り育ててきた個性を尊重しつつ、海老名市全体でこの貴重な文化財を未来へつないで行くその一助となれるよう、今後も取り組んでいきたいという。

 上郷はやし連の歴史と衰退の危機 / 山崎久利沙さん

 上郷の囃子は「下町囃子系」で、明治時代に草柳(大和市)の方から来た東京の人より伝授されたとの伝承がある。現在の保存会は1975年(昭和50年)に組織され、1984年(昭和59年)に設立された同じ有鹿神社の氏子地区の囃子団体である「河原口はやし連」は上郷から指導を受けている。使用される楽器は大太鼓1・締太鼓4・鉦1・笛の構成で、伝承されている曲目は「鎌倉(かまくら)」・「四丁目(しちょうまい)」・「岡崎(おかざき)」・「屋台(やたい)」の4曲である。祭礼時の巡行では   「屋台」をメインに演奏し、舞台では4曲を通しで演奏して最後に「きり」と呼ばれるフレーズを入れて終了となる。現在、同会では会長の山崎久利沙さんをはじめ、松原亮子さん、吉嵜奈美子さん、田中みなみさんの4名が指導者として会の運営に携わっている。

 山崎さんは昨年の2025年(令和7年)に会長へ就任したばかりで、市内の全17団体の会長の中では最年少とその若さが際立つ。山崎さんは小学校低学年から上郷でお囃子を始めて中学生まで活動していたが、高校生からはお囃子から離れ、現在は上郷地区ではなく同じ海老名市内の今里地区に住んでいる。このように一時期、祭り囃子とは無縁の生活を送っていた山崎さんであったが、社会人になってから地元の有鹿神社の祭りに顔を出すと、指導者の高齢化や子どもの会員の減少による同会の衰退を知り、祭りの時にだけ応援として参加する様になった。同会の衰退はさらに続き、子どもたちが殆どいない状況にまで陥ってしまい、この難局を打破すべく、4人の指導者が立ち上がったのである。

 復活への道のり 〜上郷の練習を取材して〜 / 松原亮子さん・吉嵜奈美子さん

 現在、上郷はやし連の活動は1月の「新春はやし叩き初め大会」に始まり、5月または10月に相模三川公園で行われる「せせらぎまつり」、7月の有鹿神社例大祭、8月の「扇町おもいで祭り」、11月の「えびな市民まつり」に参加し、これ以外にも不定期で10月の「えびな郷土芸能祭」、11月の「えびなっ子ふれあいフェスタ」と年6回ほどのイベントに参加している。同会では毎週金曜日の20〜21時に上郷自治会館で練習をしており、年末年始とゴールデンウィーク、盆休み以外はほとんど実施している。私は新春はやし叩き初め大会の直前に行われた1月23日の練習を取材した。練習では松原亮子さんが中心となって子どもたちに太鼓の叩き方を指導し、ただ単にリズムだけでなく、バチの上げ方(脇を締める)や太鼓の革への当て方(中心を叩いてバチを残さない)など、細部にわたって説明をする様子が印象的であった。また、同会には太鼓の譜面が存在するが、練習中に譜面を見ることはなく、口で唄いながら身体で覚えるという方針を徹底していた。

 松原さんは4人の指導者の中では最年長で、子どもの頃は年配の師匠たちから厳しい指導を受けていた世代である。そのような環境でも、人として間違ったことをすれば厳しく?ってくれた大人たちの姿勢に感謝の気持ちを忘れず、現在は指導者としての立場で子どもたちと接している。今の子どもたちは松原さんの時代とは違い、両親以外の大人と接する機会が減ってきている。だからこそ縁があって上郷はやし連で預かる子どもたちには、松原さんたちがしっかりサポートするという意思表示をすることで信頼関係を築くことを心掛けている。また、技術的なことだけでなく、人間力を育てていくような指導も心掛けており、松原さん自身も音楽を楽しんでもらうには何が必要なのか、団体で演奏するには何が大切なのかを子どもたちと一緒に考えながら、一人一人の成長に目を向けているのである。松原さんの指導方針の答えはただ一つ、それは、小学生から始めた子どもたちが中学生、高校生と成長しても練習に参加してくれることである。

 練習の中で子どもたちと一緒に、淡々と太鼓を叩く一人の女性が目に入った。言葉で指導するだけでなく、常に一緒に演奏してくれる熟練者がいることは、間違いなく子どもたちの成長につながるはずである。4人の指導者の一人である吉嵜奈美子さんは四つ上の姉の練習について行き、聞いているうちに自然と太鼓が叩けるようになったという逸材である。吉嵜さんは小学生まで太鼓を叩いていたが、中学・高校と太鼓から離れ、その後は山崎さんと同様にお祭りの時にだけ参加するという状況であった。現在は仕事、育児、主婦業の合間を縫って子どもたちへの指導にあたり、忙しい状況でも子どもたちの楽しそうな笑顔に、指導の意欲が湧いてくるという。吉嵜さんの父親は地元の上郷で商売をしていたこともあり、地域の人との関わりが多かった。近年は近所であってもあまり関わらない家庭が多いが、子どもたちにはお囃子を通じて色々な人と関わってもらいたいし、色々な人の話や意見を聞くことで人間としても成長して欲しいという吉嵜さん。「メンバーはみんな親戚みたいなものですね!」

未来へつなぐ架け橋に / 田中みなみさん

 私が上郷はやし連を取材するきっかけは、昨年の11月にインスタ(Instagram)でつながった同会とのやりとりである。それまでは同会の存在だけでなく、海老名市内の祭礼についても全く知識を持っていなかったが、やり取りの中で「えびな市民まつり」の話題に興味を持った。海老名市内の祭り囃子と神輿を見ることが出来るということで、インスタの担当者と現地で会うことになり、それが同会でSNSを担当している田中みなみさんである。

 田中さんは小学校1年生から上郷でお囃子を始め、お囃子を好きになったことがきっかけで高校では和太鼓部に入部した。さらに和太鼓部で篠笛を吹いたことがきっかけで上郷でも篠笛を吹くようになり、現在は篠笛の後継者育成にも取り組んでいる。そんな田中さんだが、実は上郷に住んでいたのは小学校5年生までで、海老名市内の別の地区に引っ越している。そんな田中さんを引っ越した後も受け入れ続けてくれたのが上郷はやし連であり、「私と同じように子どもたちがいつでも帰って来られる居場所を守り続けたい、その土台をしっかりと固めておきたい。」という想いで、4人の指導者の中では最年少という子どもたちとの年齢の近さを最大限に生かし、子どもたちと向き合う田中さんである。昔と今ではリズムが変化しているのでは? 変化することは悪い事なのか? 今の時代に合った叩き方は? 上郷はやし連の歴史はどうだったのか? 会が継続するために自分がすべきことは何か? お囃子を心から愛する田中さんの探求心は、今後も上郷の演奏を更に豊かなものにするであろう。

取材を終えて

上郷はやし連は一時期、子どもの会員が殆どいなくなり、衰退の危機に直面していたが、4人の指導者の地道な取り組みにより、現在では17人の子どもたちが参加するまでになっている。この復活の背景にはこの4人以外にも、影で会を支えている上郷地区の皆様の協力があったことは言うまでもない。今後は「海老名の祭囃子」が重要無形民俗文化財に指定されたことをきっかけに、上郷はやし連だけでなく、海老名市内の全ての囃子団体が活気付き、後世に末永く伝承されることを祈願致します。

最後は山崎会長の言葉で締めくくりたい。「無形文化財となる郷土芸能を次世代につなげるには多大な時間と労力が必要で、すぐに成果につながるとは思えません。この時代にどうやったら、子どもたちがお囃子を続けてくれるモチベーションを保つことが出来るのか、その答えはまだ手探りの状況ですが、何より子どもたちが楽しいと思ってもらえれば、例え気持ちが離れてもいつかのタイミングで会に帰って来てくれると信じています。自分がそうだったように。」

タウンニュース市民ライターとは

 「タウンニュース市民ライター」とは、(株)タウンニュースが認定する、地域の市民ライターです。市民の視点で地域の魅力を再発見し、情報を発信してもらいます。

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