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玄海男生誕100年〈第2回〉 拳ひとつでアメリカへ

掲載号:2017年10月27日号

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若かりし頃の玄さん
若かりし頃の玄さん

 戦前に海を渡り、その実力と華麗なファイトスタイルでハリウッドスターからも人気を得た伝説のボクサーがかつて鎌倉にいました。11月で生誕100年。その足跡を辿ります。

 玄さんは1917年11月4日、韓国の済州島に生まれた。家は海運業を営んでいたという。

 小さい頃に徐延権(じょていけん)(日本人で初めてマディソンスクエアガーデンで闘った)の話を聞き「いつか自分も東京へ行ってリングに上がりたい」と夢見ていたそうだ。

 その思いが爆発したのか、玄さんはある日突然、釜山港を出発する漁船に潜り込み大阪港へと「密航」した。その後、大阪で同胞の助けを得ながら生活し、東京の四谷にあった無門道場に飛び込んだ。

 翌日から朝は大八車を引いて牛乳配達、夕方から練習という日々が始まった。当時の練習はとてつもなく乱暴で、初日から先輩ボクサーと殴り合ったという。

 それでもすぐに頭角を現し、17歳でプロデビュー。逗子に別荘を持っていた初代帝拳会長の田辺宗英のもとでトレーニングに励んだ。

 1936年1月2日、東京日日新聞(毎日新聞の前身)と全日本拳闘連盟共催の第1回日本選手権決定戦で念願のバンタム級チャンピオンに。その後、世界で活躍する選手を多数輩出していたフィリピンへ遠征し、強豪たちを撃破。日本人ボクサーここにありと世界にアピールした。

 これが著名なプロモーターだったジョー・コルテスの目に留まり転機となる。帰国した玄さんの後を追うように来日したコルテスは、帝拳と交渉して日米戦争が始まる直前の渡米を同意させたのだった。  田川永吉
 

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