鎌倉版 掲載号:2018年6月29日号
  • LINE
  • hatena

鎌倉のとっておき 〈第45回〉 鎌倉武士のまちづくり

若宮大路の段葛
若宮大路の段葛

 緑豊かな山々と青い海に囲まれた温暖な鎌倉の地。

 まちなかは、鶴岡八幡宮から若宮大路、禅宗寺院の集まる北鎌倉、大仏のある長谷周辺などその表情も豊かだ。

 平安期まで東国の一都市だった鎌倉は、源頼朝をはじめ北条氏など鎌倉武士の手により、中世を代表する大都市へと発展した。

 12世紀後半、頼朝は大倉(現在の清泉小周辺)に幕府(御所)を構えた後、その近くに由比若宮を移して鶴岡八幡宮とし、まちの中心に据えた。当時の参道付近は、イネ科の植物が茂る湿地帯だった。そこに頼朝は妻政子の安産を願い段葛を築き、参道として京の朱雀大路を模したという若宮大路を整備した。これらは鎌倉の「新しいまちづくり」のシンボルとなった。

 かたや北条氏は、朝夷奈切通や巨福呂坂など鎌倉内外をつなぐ交通路の整備や、海の玄関、和賀江嶋の築港を進めるなど都市基盤を整える一方、建長寺や円覚寺など数々の禅宗寺院を建立し「武家の都」の姿が形作られていった。

 当時、武士は御所から山の手周辺に、庶民は和賀江嶋に通じる小町大路の南側(現在の大町周辺)にその多くが住んでいたという。『海道記』にも「東南の角一道は港に通じており商人が多く賑わっている」と記され、商業の中心地が大町から材木座周辺だったことが伺える。

 緑地が市域の約4割を占めるなど、美しい自然と都市とが調和する古都鎌倉。鎌倉武士は、私たちに「人生100年時代」の舞台として魅力あふれる素敵なまちを残してくれたようだ。

石塚裕之

鎌倉版のコラム最新6件

鎌倉と市民憲章

鎌倉のとっておき 〈第56回〉

鎌倉と市民憲章

3月29日号

食の定番、鎌倉から

鎌倉のとっておき 〈第55回〉

食の定番、鎌倉から

2月15日号

伝説の地を訪ねて

鎌倉のとっておき 〈第54回〉

伝説の地を訪ねて

2月1日号

鎌倉幕府の裁許〜関東下知状〜

鎌倉のとっておき 〈第53回〉

鎌倉幕府の裁許〜関東下知状〜

1月11日号

鎌倉花物語

鎌倉のとっておき 〈第52回〉

鎌倉花物語

12月21日号

”結婚”の形、いま昔

鎌倉のとっておき 〈第51回〉

”結婚”の形、いま昔

12月14日号

鎌倉版の関連リンク

あっとほーむデスク

  • 4月19日0:00更新

  • 4月12日0:00更新

  • 4月5日0:00更新

鎌倉版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

バックナンバー最新号:2019年4月19日号

お問い合わせ

外部リンク