町田 スポーツ
公開日:2023.03.23
人物風土記関連記事
町田の闘将、3月末に勇退
日大三高野球部 小倉監督
日大三高(図師町)硬式野球部の監督を務めた26年間で、チームを二度の全国制覇に導いた小倉全由(まさよし)監督(65)=人物風土記で紹介=が3月末をもって勇退する。
大学生時代に母校である同校のコーチを務め、自身初の甲子園を経験。卒業後の1981年には関東一高の監督に就任。チームの初甲子園出場や春のセンバツ準優勝などの実績を重ねた。97年に母校に戻り、監督に就任。2001年夏には同校初の「夏の全国制覇」を達成。10年春には自身二度目となる準優勝、翌11年夏には二度目の夏の全国制覇を達成した。38年の監督歴の間に甲子園で積み重ねた37勝という数字は、高校野球を代表する名将のひとり、徳島・池田高校の故・蔦(つた)文也監督と並んで歴代9位の記録だ。
慕われる「監督さん」
強打のチームを作り上げ、世間からは『町田の闘将』と称されるも、単身赴任の寮生活で選手たちと寝食をともにし、人間教育を重んじる姿勢や指導方針から、選手たちからは「監督さん」と呼ばれて慕われた。
小倉監督の行きつけの中華料理店・品香園(根岸)の店主・柳健司さん(63)は勇退の話を聞き「監督とは20年以上の付き合い。うちの肉野菜定食や餃子を好きと言ってよく食べにきてくれた。合宿の最終日前日の夜には、ラーメンを食べさせたいと50人の部員を順番に連れてきたりして。立ち居振る舞いが本当に素晴らしく、同年代だけど尊敬している。長い監督業は大変だったと思うので、のんびり休んでもらいたい」と話した。同部OBで鶴川で写真館を営む千島広重さん(48)は予選の決勝戦や甲子園での試合は欠かさず観戦し、チームを撮影した。「部員時代に監督に指導されたわけではないが、行事の撮影で学校を訪れるといつも声をかけてくれ、丁寧に接してくれました。お疲れさまでしたと伝えたい」とねぎらった。
後任には26年間、コーチ、部長として小倉監督を支えた三木有造部長(48)が就く。小倉監督は「ずっとタッグを組んできた。今までの雰囲気を踏襲しながら、自分のカラーもプラスしてもらいたい。本人には『思いっきりやれよ』と伝えたよ」と笑顔で語った。
小倉監督は3月31日の練習を最後にユニフォームを脱ぐ。
ピックアップ
意見広告・議会報告
町田 ローカルニュースの新着記事
コラム
求人特集
- LINE・メール版 タウンニュース読者限定
毎月計30名様に
Amazonギフトカード
プレゼント! -

あなたの街の話題のニュースや
お得な情報などを、LINEやメールで
無料でお届けします。
通知で見逃しも防げて便利です!











