徒然想 連載309 花のお寺 常泉寺 住職・青蔭文雄
年末の今月は、能(よ)く瓦礫(がれき)を変じて金とならしむ、です。
出典は、中国、唐代。法照著『浄土五会念仏略法事儀讃(じょうどごえねんぶつりゃくほうじぎさん』本。
意は、なんの価値もない瓦の破片や小さな石ころのようなガラクタでも、黄金のような価値あるものに変えることができる、ということです。
どんな瓦の破片でも自分にとってはかけがえのない宝物となる。このようにそれが物質的、または精神的なものでも、人はそれぞれに自分で大切にしているものが一つぐらいはあるものです。
また見出しの文言にこの比喩を考えると、たとえ平凡だと言われる人でも、悲観的にならずに不断の努力を重ねれば、今まで気づかなかった力がわが身に加わって黄金にも等しい価値のあるものに生まれ変わることができるという、意味にも読み取れる。私達は自分を瓦礫のように無価値な人間だと考えてしまったり、もうこのままで一生、変わることがないと悲観的になったりすることもある。
この比喩はそういう私たちの人生に希望を与え、毎日の努力、向上をめざして一歩一歩と歩むべきだと師は諭しているのでしょう。
来る年が、読者の方々にとってより嘉き年であります様、お祈り申し上げます。
桃蹊庵主 合掌
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