逗子・葉山版 掲載号:2018年1月1日号
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世界の舞台立ち成長 見据える頂点、その先に 次代担うウインドサーファー 池田 健星 Kensei Ikeda

スポーツ

 ウインドサーフィンのメッカ、逗子海岸。この海から巣立ち、世界の頂点を目指して研鑽を重ねている未完の大器がいる。今年で20歳を迎えるウインドサーファー、池田健星。昨年9月、江の島で開催されたRS:X級の世界選手権で、日本人男子選手としては2位につけた。今年はシニア転向2年目を迎え、2020年東京五輪も視野にさらなる飛躍を目指す。《敬称略》

 昨年9月16日、江の島ヨットハーバー。世界各国のトップセーラーが集うレース海面に、池田はいた。

 「今の自分がどれだけ通用するか。(上位半分以上の)ゴールドフリートに何としても入りたい」

 東京五輪と同じ海面で行われる前哨戦であり、シニア転向後、初の世界選手権。日の丸を背負う重圧に押しつぶされそうになりながらも、気持ちが湧き立つのは当然だった。

 初日は上位圏内でフィニッシュ。世界の舞台で、今までにない手応えを感じていた。

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 競技のスタートは小学2年生にさかのぼる。逗子の海に浮かぶセールを見て、父と一緒に体験スクールに参加した。始めて間もなくは「沖に流されるのが怖くて、全然楽しくなかった」と当時を振り返って笑う。

 帆に風をめいっぱい受けて海面を滑走したり、ジャンプを決めたり。新しいことが一つできるようになる度、次第に競技の魅力にのめり込んでいった。「一日として同じコンディションがない。それも他の競技にはないウインドサーフィンの魅力」

 全日本ジュニア選手権では5連覇を達成し、11年からは4年連続ワールドカップ代表選手に。高校1年生のときに中国・南京で行われたユース五輪への出場も果たし、五輪出場を意識するようになってからは、ウインドサーフィンが生活の中心に変わっていた。ただ、世界の海では”順風満帆”とはいかなかった。

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 高校3年の冬、池田はニュージーランドで18歳以下の世界選手権に臨んだ。ユースとして出場できる最後の舞台。有終の美を飾るため、1年間猛特訓を重ね、体をいじめ抜いた。メダルを狙える自信もあった。

 だが、結果は11位と惨敗。「あれだけ頑張ったのに」。世界の壁を感じ、ふいに不安が頭をもたげた。

 気持ちを切り替えたシニア転向直後のヨーロッパ選手権でも下位に沈み、「自分は世界で通用しないのではないか」。同世代の外国人選手が上位で活躍するのを見て、焦りだけが募っていった。

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 ようやく調子を取り戻して挑んだのが、昨年江の島で開催された世界選手権。目標にしていたゴールドフリートへは、あと一歩届かなかった。

 「後半守りに入って、思い切ったコース取りができなかった。精神面の弱さが今の課題」。それでも前向きにとらえているのは、世界を舞台に成長を実感できているからこそだ。

 アジアのトップ選手が集まる11月の台湾選手権では上位争いに食い込むシーンがあるなど成績は着実に上向いてきている。

 JSAF(日本セーリング連盟)専任コーチの宮野幹弘(48)は「飲み込みが早く、思考に柔軟性がある」と池田の良さをあげつつ、期待を込めて厳しく評する。

 「まだまだレース運びが安定していない。持続的に力を発揮できれば、結果はおのずとついてくる。あとはどれだけ経験を積めるか」

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 日本人男子トップ選手には、16年リオデジャネイロ五輪まで3大会連続出場を果たした富沢慎(33)がいる。現状では技術も駆け引きも、あらゆる面において及ばない。

 東京五輪までは残された時間も少ない。だが、19歳の池田にとって翻せばそれは伸び代の期間でもある。「富沢さんと同じでは駄目。追い抜かないと」。先の台湾選手権ではわずか1レースだが、富沢との勝負を初めて制することもできた。

 五輪史上、ウインドサーフィンでメダルをつかんだ日本人選手はいない。2年後の東京五輪、さらにはその先へ。「今足りないものに向き合って、自分の限界を超えたい」

 いつか自分の首から金色のメダルを下げてみせる。その夢だけは、誰にも譲る気はない。

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