緑区 社会
公開日:2026.03.05
3月、あの日から15年
防災士が語る 備えの要
「東日本大震災」連載【1】
2011年3月11日。日本国内観測史上最大規模となるM(マグニチュード)9・0の巨大地震が発生した。この地震がもたらした東日本大震災から今月で15年。未曽有の災害から私たちは何を学び、防災力向上のためにこれからどう行動すべきか。緑区民の体験や思いを取材し、連載する。
気象庁の発表によると、15年前の3月11日、横浜市内では最大震度5強が観測された。
「ミシミシと音がするくらいエスカレーターが揺れた。落ちるんじゃないかと不安になった」。北八朔町に住む防災士・篠遠(しのとう)小登美(さとみ)さんは当時、5歳と2歳の息子たちを連れ、ららぽーと横浜の2階を訪れていた。
車で帰宅しようにも、駐車場は大渋滞。「かなり長い時間が掛かってやっと出られた」という。帰路の途中、目にしたのは非日常の交通状況だった。信号機が作動しない。数々の交差点を通過するにも、頼りにできるのは目視のみ。普段より一層慎重に運転を続け、ようやく帰宅すると「真っ先にお風呂に水を貯めました。生活用水を確保するためです」。断水を想定し、迅速かつ冷静に行動を起こした。
災害対策として「一番先に備えてもらいたいのは、実はトイレなんです」と篠遠さん。「水が無いとトイレが流せないし、手も洗えない」。だからこそ、携帯トイレやウエットティッシュなどの用意が肝要だという。
水も食料も電気も
「飲料水や食料品などは最低3日分、できれば1週間分を備蓄して」と篠遠さん。アルファ米など、さまざまな食料については「1度食べてみて。口に合わないものはストレスになるので」。温めて食べられるよう「カセットコンロとガスボンベも必要です」。
さらに、普段食べているもの(常温保存できるもの)を多めに買い、食べていきながら新しいものを買い足していく「ローリングストック」という方法も災害対策として有効という。
電気が止まったら困るので「懐中電灯やランタンの用意も必要です」。
防災マップを手に
また、緑区役所で入手できる「みどり区 区民生活・防災マップ」を開き「自宅と最寄りの地域防災拠点(指定避難所)などの位置を確認しておいてほしい」と篠遠さん。避難所までの道のりを実際に歩いて知ることも大切だという。
さらに、地震だけでなく豪雨などによる水害のリスクも含めて対策を練り「避難所までの経路上にアンダーパスなど、浸水のリスクがある場所があるかどうかについても見てほしい」と語る。
「生きてるはずや!」
「防災士」とは「認定特定非営利活動法人 日本防災士機構」に認証された人が取得できる民間資格。災害対応に関する豊富な知識を備え、地域の防災力向上の中心的存在となることが期待されている。
篠遠さんが防災士の資格を取得したのは5年ほど前。災害対策に大きな関心を持ったきっかけは、1995年1月17日に発生した大地震による阪神・淡路大震災だったという。
当時、大手テレビ局の関連の制作会社に勤務していた篠遠さん。ニュース映像に音楽を付ける編集業務などで多忙な日々を送っていた。
発災後、被災地で撮影された「未編集」の映像の数々を目の当たりにし、衝撃を受けた。
倒壊した建物や転倒した家具。おびただしいほどの瓦礫の下には、救助を待つ大勢の人々がいる。上空を何度も旋回し、空撮する報道ヘリ。その轟音にかき消され、被災者が振り絞る「助けて!」の叫びが届かない。映像の中には、地上で撮影中のカメラマンに対し「家族がまだ中にいる。生きてるはずや!」と絶叫する男性が映っていた。瓦礫の下敷きになり、消えかけている家族の命。生と死の瀬戸際にあってまだ、救い出せずにいる葛藤と無力感が、未編集の映像に刻まれていた。被災地の現実に言葉を失った。
内閣府によると、阪神・淡路大震災で全半壊した住宅は約25万棟。死者数は6434人に上り、死因の約8割が建物倒壊などによる圧死・窒息死だったという。
「災害に備えておかなきゃ」。強い思いが芽生え、多岐にわたる情報を学び、資格試験に合格した篠遠さん。「防災を他人ごとじゃなく『我がことにする』ことが大事です」。伝え続ける。人々の安全を願いながら。
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