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戸塚区・泉区 社会

公開日:2026.01.01

戸塚町「支那そばや」
至高の一杯もとめ、40年
佐野実氏の思い継ぐ妻

  • 行列ができた藤沢店(上)/厨房に立つ実さん=提供

    行列ができた藤沢店(上)/厨房に立つ実さん=提供

  • 同店の看板メニュー「醤油らぁ麺」。透き通ったスープと特製の細麺が特徴(写真の玉子はトッピング)。

    同店の看板メニュー「醤油らぁ麺」。透き通ったスープと特製の細麺が特徴(写真の玉子はトッピング)。

 「ラーメンの鬼」の異名で知られた故・佐野実氏。1986年に藤沢市鵠沼海岸で創業した「支那そばや」は今年、戸塚町にある本店で40周年を迎える。

 現在、同店は(株)サノフードが運営。経営者として、夫がつくり上げた味を継承してきた妻・しおりさん(65)に、これまでの歩みと今後について話を聞いた。

「鬼」の真相

 戸塚区出身の実さんは、幼い頃から好物のラーメンを極めようと藤沢市で同店を開いた。こだわりの食材を使った一杯は瞬く間に反響を呼び、連日行列ができるほどに。また、度々メディアに映った厨房での緊張感ある様子や厳しい接客は、視聴者に強烈な印象を与えた。

 しおりさんは「ラーメン店は当時、飲食業界でも底辺に近い存在。タバコを吸ったりビールを飲んだりしておしゃべりした後、ようやく伸びたラーメンに箸をつけるのが普通だった」と話す。しかし実さんは、黙ってすぐに出来立てを食べるよう促したことで、ラーメンに対する人々の認識を変えていった。

 一方、しおりさんは生前の実さんについて「本当に優しい人。不器用だったからこそ、常に努力していた」と語る。創業当時から至高の一杯のために研究を重ね、メディア出演で全国的に顔が知れ渡り、食材を求めに行った場所で協力してくれる人も増えたという。「すべては『ラーメンを美味しくつくるため』だったんです」

「進化せずには守れない」

 しおりさんは張り詰めた厨房で生前の実さんに少しずつ質問し、レシピを清書していたという。晩年、病床に伏せていた実さんはしおりさんに店を畳むことを提案したが「『何言ってんの。じゃあ私がやる』って啖呵切っちゃったんですよね」と、実さん亡き後もその味を継承しようと尽力してきた。

 実際には、厨房に立つ後継者の問題や味がまったく変わってしまった時期など、さまざまな苦難もあった。そんな中でも、創業当時から変わらず食材は国産にこだわり、研究し続ける方針は崩していない。

 しおりさんは同じ食材でも気温や湿度、四季によって味や食感が変わるという。生前、実さんは「キレがよく、ブレがない味」を一定して供給するため、食材を変更することが頻繁にあった。よりよい商品を提供するために恐れず進む姿勢を受け継ぎ、しおりさんは「ベースを守ろうとした時期もあった。けれど進化せずには守れない」と語る。

 昨年12月には「みんなで選ぶ日本ラーメン大賞」(グルメエックス(株)主催)において、ラーメン店主・ラーメン好きが選ぶ店舗で、最上位のプラチナ10店舗のうちの1店にも選出された。しおりさんは「いろんな人の思いとともに受け継いできた。創業40年が新たなスタート」と語り、至高の一杯を目指し続ける。

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