港南区・栄区 社会
公開日:2026.08.13
港南台在住 大須賀さん 下町空襲「運がよかった」
B29爆撃機による東京への本格的な空襲は、1944年11月に始まった。画期になったのは45年3月10日の下町大空襲とされ、築地、神田、江東などの市場、東京、上野、両国の駅などが狙われた。当時4歳になる前だった大須賀衡子さん(港南台在住・85歳)は墨田区出身で当時、両国日活映画劇場の裏通りに住んでいた。
大須賀さんは9歳上の姉、3歳上の兄、3歳下の弟の4人兄弟姉妹の上から3番目。10日未明、一晩で約10万人の命を奪った爆撃に「父の知人に連れられて、黒いコートに包まれている感触を今でも覚えている。町は、メラメラと燃えていた」と当時を振り返る。「弟がいたから母親が4人を連れて逃げることが難しいからと、父の知人と逃げたんだと思う。いとこ2人は亡くなった。私たちは運が良かった」
爆撃の後、墨田区と江東区を流れる人工河川「竪川」に居るところで家族と合流したと母親から聞かされたという。
焼野原となったまちで祖父が所有していた亀戸の土地に粗末な仮小屋「バラック」を建てて暮らしが始まった。「周囲には遮るものがなく、家から亀戸駅や総武線の線路が丸見えだった。ガード下の壁には焼け死んだ人の脂みたいなのが染みついてこわかった」と当時の暮らしを振り返る。
各国での争いが絶えない世に「人間が生きていく上で争いが無くなることはないんだろうなと感じる」と語ってくれた。
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- 東京大空襲(外部リンク)
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