鶴見区 文化
公開日:2026.01.01
今年は午年
馬場の地名の由来を探る
馬術の苦手な城主が発端?
今年の干支の「午」にちなみ、鶴見区内で馬の名が付く「馬場」の地名の由来を探ろうと、資料や鶴見歴史の会などから話を聞いた。
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川崎鶴見臨港バスの殿山バス停から馬場三丁目の坂道をのぼった住宅地の一角に「寺尾城址」の碑がある。殿山と呼ばれる丘の上には、その昔「寺尾城」があったと伝えられている。この城の全容は謎多きところもあるが、信州の豪族、諏訪氏が1436年ごろに築城されたとされている。
そして、その5代目城主が諏訪右馬之助。馬之助は乗馬が得意ではなく、城下の寺尾稲荷(現・馬場稲荷)に馬術上達の祈願をかけた。
その甲斐もあってか馬術が上達し、北上氏康の十勇士の中に名を連ねるまでの武将になったという言い伝えがある。
そして、その話が広まり、馬上安全や馬術上達を祈願する者たちが同稲荷を絶えることなく参詣するようになり、この地域が自然と「馬場」と呼ばれるようになったとされている。
旧東海道からの道標も
馬場から離れた鶴見中央の鶴見図書館そばにも当時の名残りがある。
横浜市地域有形民俗文化財にも指定されている「寺尾稲荷道道標」。旧東海道の鶴見橋(現・鶴見川橋)付近から寺尾・小杉方面の分岐点に建てられた道標で、馬術祈願に訪れた人々を案内するために建てられたとされている。同図書館そばにあるものは複製で、本物は鶴見神社境内に保存されている。ここから諏訪坂を経て響橋、そして馬場稲荷=馬場3の17=まで歩けば当時の気分を味わえるかもしれない。ぜひ体験してみては。
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