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公開日:2026.08.20

湯(い)の花トンネル列車銃撃事件 次世代に悲惨さ伝える 慰霊の集い 中学生が初参加

  • 慰霊の集いが終了した後、黒柳遺族会会長(左)に質問をする東京学芸大学附属小金井中学校の生徒たち

    慰霊の集いが終了した後、黒柳遺族会会長(左)に質問をする東京学芸大学附属小金井中学校の生徒たち

 太平洋戦争が終結する10日前に市内で起こった「湯の花トンネル列車銃撃事件」の43回目となる「慰霊の集い」が8月5日、現場となった裏高尾町で行われた。自身も列車に乗車し、同乗していた姉・良子さんを眼前で亡くした遺族会会長の黒柳美恵子さん(95)や遺族、関係者が参列する中、今年は平和学習の一環で小金井市の中学生6人が初めて参加。会の終了後、黒柳さんから詳しい話を聞く時間も設けられ、81年前の非情な記憶が次世代へ語り継がれた。

 1945年8月5日午後0時20分頃、新宿から長野へ向かう列車が裏高尾町の同トンネルに差しかかったその時、事件は起こった。米軍の戦闘機が列車に機銃掃射を浴びせたのだ。3日前の八王子空襲で被害を受けた中央本線の復旧直後だったこともあり、多くの乗客であふれた列車の被害は凄惨を極めた。乗客52人以上が死亡、133人が負傷。八王子空襲と並び、忘れてはならない戦争の記憶として語り継がれている。

 しかし当時は戦時下の情報統制で詳細が公表されず、終戦から約40年後の1984年、市の戦災調査をきっかけに「いのはなトンネル列車銃撃遭難者慰霊の会」が発足。以来毎年、この慰霊の集いを開いてきた。

 現場近くで行われた集いでは、慰霊の会の齊藤勉会長が「昨年、戦後80年という節目の年に、犠牲となった方の名前が新たにわかった。これは会として励みになる」とあいさつ。車掌だった丹野玉子さん(当時19歳)の孫・今井昌史さんや、たまたま近くに居合わせ遺体などを運ぶ作業を行った三宅修さん(当時13歳)の息子・岳さんなどが思いを語った。

 今井さんは丹野さんが亡くなり来年で10年になることに触れ、「自分が列車を走らせなければ、と最期まで悔やんでいた。自分は(そんな事情を)知らなかった」と静かに話した。三宅さんは、94歳になる修さんの体調がすぐれず、今年はこの場に来られなかったと説明し、「13歳であの体験は、人生がねじくれてしまったのでは」と苦々しく語った。

春を経て再訪

 今年、初めて会に参加したのは、東京学芸大学附属小金井中学校の生徒6人。今春、同校の1年生約130人が校外学習の一環として現地を訪れ、夏に慰霊の集いがあることを知った有志が教諭と再訪した。生徒らは会の終了後、黒柳さんを囲み、当時の話を詳しく聞いた。黒柳さんは「全然考えられないことが起こるのが戦争。(もし亡くなっていなかったら)姉は今頃どうしていたかな、と思う」とやるせない心情を語り、引率した田崎義久教諭は「現地に立ち、あらためて絶対に忘れてはいけない出来事だと再確認した」と言葉に力を込めた。

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