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横須賀・三浦 コラム

公開日:2024.01.01

"海の隼"をあるく
〜按針が見たニッポン〜特別編 〜平戸訪問記作・藤野浩章

 按針終焉(しゅうえん)の地、平戸(ひらど)は遠かった。

 飛行機とバス2本を乗り継いで、およそ8時間。按針が造った西洋式帆船を使っても数日かかったから、これで遠いなんて言ったら彼に怒られてしまうが、ほぼ最短で平戸へ着いた頃には、日が傾きかけていた。翌日はあいにくの雨予報。そこで、日没までの90分で写真だけでも撮って回ることにした。

 最優先は松浦(まつら)鎮信(しげのぶ)が異国船を出迎えていた平戸城。迷路のような高台への道を汗だくで上り、ようやくたどり着いた天守閣からの眺めは素晴らしかった。眼下にはオランダ商館も見えて、入出港する船を眺めるのには絶好の場所。この城は後にとんでもない事になるのだが、それを差し引いても松浦氏による"海賊的"な交易の様子がよく分かる場所だった。

 日没まで45分。小走りで城から駆け下り、湾をグルっと回り対岸へ急ぐ。こういう時に渡し船があれば便利だなと思いつつ、平戸オランダ商館に飛び込んだ。ここは按針の時代よりも後の建物を復元したものだが、初期の資料も充実。按針の足跡を知りたい人はぜひ訪れたい施設だ。

 最後は、按針の墓。が、こちらもかなり高台にあるうえに、ついに日没時間。薄暗い中でひとり墓を探すなんて不審この上ないが、ようやくたどり着いた時は感動的だった。振り向けば、キレイにライトアップされた平戸城が美しく輝いている。按針も、月夜に輝く城をこの場所から見ていたのかもしれないと思うと、暗い中でここを訪れるのも悪くないと思った。

 翌日、平戸を離れる前に喫茶店「御家紋(おげもん)」に寄ってみた。入った瞬間、江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気だ。聞けば、元は旅籠(はたご)だった建物で、築二百年ほど。中の調度品は当時のものばかりだというから、正真正銘のアンティーク喫茶店だ。オーダーしたのはオランダコーヒー。甘くて薄いワッフルを湯気でふやかしていただくものだそうだ。

 女将は、約60年前に横浜でバスガイドをしていたという。この店を切り盛りするために故郷へ戻ったが、「港で育ったから、都会は合わない。やっぱりこの雰囲気が落ち着くの」という話に深く頷(うなず)いた。浦賀も平戸も独特の情景が実に良く似ている。それはDNAのように、人々の心にしみついているのだろう。あるいは按針も、故郷・イギリスの港町を重ねていたのかもしれない。

 その後は長崎で出島(でじま)を見学し、博多経由で門司(もじ)港へ行き、東京九州フェリー「はまゆう」で東へ向かった。横須賀港までは約24時間だ。

 按針が80トンの船で"隼(はやぶさ)"のごとく駆け回って切り開いた航路を、一万五千トンのフェリーで走り抜ける。その名の通り、彼は数百年後の日本そして世界の、水先案内人だったのである。

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