禁止事項を表示したり、注意を促したりして、交通の安全を守る道路標識。道端で曲がったり傾いたりしている姿を見たことはないだろうか。これまで根元から掘り返して設置し直すしかなかったこうした標識を、簡単に補修できる「道路標識起こし機」を開発し注目を集めているのが、市内関谷の(有)神奈川技研だ。このユニークな製品は、いかにして誕生したのか―。同社を訪ねて開発の経緯を聞いた。
(有)神奈川技研は社長の神藤千賀士さん(60)、弟で取締役の奉則(とものり)さん(58)、その息子の翔兵さん(29)が営む町工場。
「標識起こし機」開発のきっかけは30年近く前にさかのぼる。同社の創業者で神藤社長らの父、幸得(ゆきえ)さん(89)は当時、交通安全指導員をしていたため、知人の警察官からある相談を受けた。それは「曲がったり折れたりする道路標識が多いのに、掘り返して設置しなおすしかないから費用がかかる。直せる道具はないの」というものだった。
そこで車を持ち上げるジャッキを利用して曲がった標識を直す仕組みを考案。試作機を知人の警察官に使ってもらったところ、大好評だったと言う。
その姿を見て「これは製品になると直感した」と話すのが奉則さんだ。「市場調査」のため、近所の標識約520本を調べたところ、約2割に破損が見つかり、さらにその2割がすぐに修理した方が良いものだった。「県内には約46万本の標識があると聞き、それならば約1万4千本は直すべき標識になる。ニーズがあると確信できた」と振り返る。
機械にも徹底的な改良を施してきた。当初は手でジャッキを動かすものだったが「疲れて途中で動かせなくなる」と聞けば足で動かすタイプにし、現在では電動モーターが動力に。また使いやすさを考えて軽量化を図り、60キロ近くあった機械を16キロにまですることに成功した。そのため最新機は女性一人でも持ち運んで作業できるという。
1992年、「起こし機」の量産型1号機KG―1000型が完成。1台目が大船警察署に納入された。
価格は50万円以上。「掘り起こすと5〜10万円はかかる。10本も補修すればもとがとれる」と自信を持って送り出したが、最初は全く売れなかった。現場の評価は高くても、なかなか県の予算がつかなかったという。
ようやく2006年度に県内5カ所の警察署に導入され、現在は横浜水上署を除く県内全ての警察署に配備されている。
さらに昨年1月から全国販売も開始。警察署、自治体にダイレクトメールを送り、声がかかれば機械を車に積み、各地へ出かけて操作の実演を行っている。
評判も上々で、実演からの帰途で早々と注文が入ったことも。現在までに県内外70を超える警察署に納入された。事業単体では赤字だったが、来年度には黒字化の見込みという。目下の悩みは「なかなか壊れないから買い替え需要がないこと」と奉則さんは笑う。
メーカーへの転身図る
同社を興した幸得さんは、戦後の混乱のなか、市内岡本で旋盤一つを元手に事業を始めた。「ミクロン(1千分の1ミリ)の仕事ができる職人」と言われ、国産旅客機YS―11の開発に治具が使用されるなど、卓越した技術で知られた。
その伝統は2人の息子、3代目の翔兵さんにも受け継がれており、現在も航空機やコンピューターなど多くの精密部品を手がける。社長の千賀士さんは「お客さんに頼まれたら『できない』って言いたくない」と自信を見せる。
そんな同社にとって自社製品は夢だった。翔兵さんは「製造業を取り巻く環境は厳しい。メーカーへの転身を図っていかなくては生き残れない」と話す。
道路標識の分野では「起こし機」以外にも、曲がった標識を補修する器具や折れた標識を根本で保持する器具を開発。その過程で実用新案登録や特許申請を行ったことも大きな経験になっているという。「ニッチな市場ならば、十分に戦えることがわかった」と奉則さん。標識以外の分野でも2件の特許を申請しているほか、準備中のものもあるという。目指すは「脱・下請け」。技術とアイデアを武器に挑戦は続く。
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