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公開日:2026.06.19

平塚出身 元自民党総裁 河野洋平さん逝去 享年89「いい人生だった」

  • 2026年2月、選挙応援に駆け付けた洋平さん

    2026年2月、選挙応援に駆け付けた洋平さん

  • 河野洋平さん(過去の紙面より)

    河野洋平さん(過去の紙面より)

 平塚市出身の元自由民主党総裁・河野洋平さんが6月8日に逝去した。享年89。

 河野さんは父・一郎さんの地盤を継いで1967年に衆議院議員に初当選。以来、14期42年余りにわたり衆議院議員を務めた。衆議院議長や内閣官房長官、外務大臣を歴任。1993年には、長年国際問題となっていた従軍慰安婦問題に関する政府調査結果の見解として「河野談話」を発表した。今月21日には、関係が悪化している中国に、日本国際貿易促進協会の会長として訪問の予定もあり、2009年に政界を引退した後も、今日の日本政府のあり方に大きな影響を及ぼす存在だった。

 通夜、葬儀はすでに近親者のみで執り行われたといい、喪主を務めた長男の太郎さんは「(父は)具合が悪くなる前に、小田原の家で『振り返るとよい人生だったな』と話しておりました。幸せな一生だったと思います」と本紙にコメントを寄せた。

 洋平さんの「お別れの会」は後日、都内と地元で開催を予定しているという。

「平塚のためなら」と尽力「洋平さん」と親しまれ

 衆議院議員に1967年に初当選して以来、平塚や小田原を中心に選挙戦を勝ち抜いてきた河野洋平さん(享年89)。地元では「洋平さん」の名前で親しまれてきた。

 平塚市観光協会長で長年親交のあった福澤正人さん(83)は、平塚の海水浴場開設についてなど尽力してくれたと話し、「『平塚のためならなんでもやりますよ』と言ってくれる、応援しがいのある代議士だった」と振り返る。昨年末には河野さんのほか25人ほどが集まり平塚で食事をしたといい「『選挙区が変わったのに覚えていてくれて、応援してくれてうれしい』と話してくれた。3月に小田原の自宅でお昼を一緒に食べたのが最後になってしまった。ありがとうと伝えたい」と胸のうちを明かした。

 長男の太郎さんは本紙の取材に対し、「地元の皆様には、最初の旧神奈川第三区の時代から、長年にわたりご支援を賜りました。父の政治活動は、初出馬から自由民主党で10年、離党して新自由クラブを立ち上げて10年、自由民主党に復党して20年、波乱万丈でしたが、科学技術庁長官、官房長官、副総理・外務大臣、そして衆議院議長とさまざまな役職にもつかせていただきました。誠にありがとうございました」と答えている。

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