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公開日:2026.04.15

都筑区川和小 元気の源は「最初の同級生」 今年4月で25回目の同窓会

  • 志田さん(左)と村田さん

    志田さん(左)と村田さん

  • 志田さん手作りの案内状

    志田さん手作りの案内状

  • 開校時の校舎(川和公会堂/1948年頃撮影)

    開校時の校舎(川和公会堂/1948年頃撮影)

  • 都筑区川和町のグループホーム「都筑の丘」の敷地内に咲く河津桜。村田さんが2008年に同窓会で訪れた伊豆稲取で購入した苗木を寄贈したもの(写真は今年2月28日に開催された音楽堂完成記念コンサートの様子)

    都筑区川和町のグループホーム「都筑の丘」の敷地内に咲く河津桜。村田さんが2008年に同窓会で訪れた伊豆稲取で購入した苗木を寄贈したもの(写真は今年2月28日に開催された音楽堂完成記念コンサートの様子)

 かつての級友との旧交を温める場、同窓会。川和小学校=都筑区=が誕生した1948年に1年生として入学した当時の児童らが、卒業から70余年経った今なお、毎年同窓会を続けている。定年の60歳を機に始めた「最初の同級生」たちの同窓会は、今年で25回目を数える。

 「招福会」と名付けられた同窓会の幹事の1人で、企画から案内まで中心となって準備をするのは志田强(つよし)さん(84)。

 同窓会開催のきっかけは今から四半世紀前の2000年。当時、緑区役所家屋係に勤めていた志田さんが、役所へ戻る途中に、新治町=緑区=で農業を営む同級生の鮫嶋紀和さん(85)に声をかけたこと。一般的な定年の60歳を間近に控え、「久しぶりに皆で会えたらいいね」と2人の間で話が弾んだ。翌01年2月、緑区内の飲食店で、成人式以来40年ぶりとなる同級生たちとの再会が実現した。

 以後年に1、2度のペースで開催。地元の飲食店での懇親を中心に、時には一泊の温泉旅行やさくらんぼ狩り、カラオケボックスなどで旧交を温めてきた。

80歳で区切りも継続望む声多数

 同窓会は多い時には25、26人、平均して20人前後が参加してきた。10年の11回目からは、川和小だけでなく、進学先の都田中で一緒になった折本小、都田小出身の同級生にも声をかけている。

 72歳で再就職先を退職して以降、志田さんは手書きで案内を作り、毎年40人前後に送っている。残念ながら鬼籍に入る同級生も増えた。また新型コロナの流行などもあり、20年から休止に。「皆、80歳を迎えるので一区切りを」と終了を提案したが、多くの同級生が継続を要望。「たとえ1年に1回でも顔を合わせることがパワーになるのならば」と、23年に再開。その後も継続している。現在は、体調などを考慮し、配偶者と一緒に参加する同級生もいるという。今年は4月23日(木)、昨年と同じ都筑区内の飲食店で開催される。

1学年1クラス校舎、後に公会堂

 川和小学校は終戦から3年後の48年、第一次ベビーブームで「子どもが増えたので、小学校がほしい」という地域住民の声が高まり、川和町(現都筑区、当時緑区)に誕生した。総工費約70万円は、町民らが寄付した。当時の校舎は現在「川和公会堂」のバス停がある付近(川和町1234)にあった。当時の校舎は後に川和公会堂になっている。

 志田さんの親友で、一緒に準備をする村田由雄さん(84)によると、当時の川和小は、1年生から6年生まで1学年1クラスで、クラスの人数は45人ほど。その後、児童数の増加に伴い、現校地に分教場が開設されることが決まった。

施設のシンボル思い出の河津桜

 村田さんは08年、同窓会のメンバーで出かけた伊豆稲取への一泊旅行の土産に河津桜の苗を購入。親族が運営する高齢者福祉施設に寄贈し、敷地内に植えた。

 河津桜は大きく育ち、今では同施設のシンボルとして毎年、施設利用者をはじめ、近隣の住民の目を楽しませている。今年2月には、同施設内に新しく完成した音楽堂の完成を祝うコンサートで、満開の河津桜が来場者を出迎えた。コンサートに招待された村田さんは、終演後、購入した当時のことを思い出話として来場者に紹介した。村田さんは「あの時の苗木がこんなに大きくなって、皆さんを楽しませてくれるとは」と笑顔で喜びを語った。

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