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鶴見と總持寺第1回 鶴見の発展を願い迎えた大本山總持寺 ともに歩んで百余年 鶴見歴史の会 齋藤美枝

掲載号:2019年10月10日号

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大本山總持寺「中興の祖」石川素童禅師
大本山總持寺「中興の祖」石川素童禅師

 今年は、”鶴見ヶ丘”にある曹洞宗大本山總持寺の鶴見移転を英断した、当時の貫首・石川素童禅師の100回遠忌にあたる。移転から108年、このコーナーでは、縁の人たちに歴史や地域とのかかわりなどを綴ってもらう。第1回は、總持寺に関する著書もある鶴見歴史の会・齋藤美枝さん。

本山移転は国家的大事業

 大本山總持寺は、瑩山紹瑾禅師よって七百年ほど前に現在の石川県輪島市門前町に開かれたが、明治31年4月、不慮の火災で広大な伽藍を焼失。明治44年に鶴見に移転してきた。国家的大事業とも言われた總持寺本山の移転再建の陣頭指揮を執り、能登の旧地の再建も同時に成し遂げたのは、明治38年に独住四世に就任された石川素童禅師だった。

気骨の傑僧一に宗門、二にも宗門

 石川禅師は、仏殿や大書院などが完成した大正4年11月5日に晋山式を行った。その直後に積年の過労からか「心臓に重患あり」で倒れられたが、「決して死なず」と、数日後には床払いをして、「一に宗門、二にも宗門」と頑固一徹を貫き、總持寺再建のために精力をふり絞った。

 大書院紫雲台に石川禅師の肖像画が掲げられている。總持寺移転の大事業を成しとげた「傑物の性格が如実に表れている」と朝日新聞は評した。

 画家和田三造は「肖像画の第一条件の似せるという以前に、その性格を発揮せねばならぬので、石川禅師の人格をあらわす『顔』を描くことに最も苦心し、17枚も描きなおした」と述懐している。

地元も全面協力・大歓迎

 總持寺の鶴見移転に際しては、成願寺が敷地境内を提供し、建功寺の宏道和尚は、敷地の測量や本山事務所との連絡調整や再建資金勧募などに奔走した。

 常倫寺、宝泉寺、光永寺など地元曹洞宗寺院と檀家の人たちも本山を迎えることを喜び、積極的に募金活動を展開した。

 中西重蔵や佐久間権蔵、持丸兵輔などの有力者も、鶴見が門前町として発展することを願い、本山移転を歓迎し、再建事業に全面的に協力した。京浜電鉄(現在の京浜急行)初代社長・雨宮敬次郎の進言と物心両面での支援も大きく、移転遷祖式の日には京浜電鉄「総持寺駅」も開業した。

 鶴見の人々は、總持寺を「本山」と呼び親しみ、ともに歩み新たな文化を紡ぎ続けてきた。2011年、ご移転百年記念として、本山の大黒尊天を中心に「鶴見七福神」を誕生させ、12年からは、つるみ夢ひろばin總持寺を開催している。

 鶴見区民の誇りとする大本山總持寺に漂う禅の風が、私に鶴見の町の移り変わりを教えてくれた。

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