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柿生文化を読む 第155回 シリーズ「麻生の歴史を探る」蚕影山信仰 後編 文:小島一也(遺稿)

掲載号:2019年8月9日号

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祠堂彫刻のうち丸木舟
祠堂彫刻のうち丸木舟

【前編から】

 馬喰大菩薩とは、中国の民間信仰で「蚕神」とされるもので、その由来は、「その昔、天竺の長者の娘に、“玉や姫”と呼ぶ娘がおり、長者の飼う栗毛の名馬と恋仲になってしまいます。これに怒った長者は、馬の皮をはぎ、桑の木の枝に張り付けてしまいました。姫は悲しみの日々を送っていましたが、ある日のこと、その皮は一陣の風と共に姫を包み、天空に昇って行ってしまいます。それから1年を経た同じ日のこと、天から白い虫と黒い虫が降ってきて、桑の葉を食べ、やがては白と黒が一緒になって蚕となり、長者に孝養をつくした」という伝承で、蚕が馬の歯型に似ることから「オシラ神」とも呼ばれ、蚕の守護神として崇められたのが、馬喰大菩薩だそうです。

 この岡上の蚕影山祠堂は、前述の通り、昭和45年3月、当時の岡上養蚕講中より川崎市立日本民家園に寄贈され、平成7年川崎市の重要歴史記念物の指定を受け、まつりや企画展が行われ、東光院境内には「蚕影山祠堂跡」の碑が残されています。

 この蚕影山信仰は麻生区金程の「蚕影神社」にも見ることができます。これは明治19年(1886)蚕影山信仰の本山筑波山の麓の蚕影神社の租神を祀ったもので、碑文には「安政5年横浜開港によって鎖国は終わり貿易が始まり、輸出品の大半は生糸・絹織物で、関東一円に養蚕農家が急増し、現金収入の貴重な道を開いた。こうした中で、金程村の家々も養蚕に力を入れ、蚕を「おこさま」と呼んで愛育し、蚕の神蚕影山を信仰する心が高まった」と記され、神社勧進の由来が述べられ、開桑講社という講組織があったことが記されています。

 なお、この金程の蚕影山祠堂は、当初は金程537番地、丘の中腹にありましたが、昭和61年(1986)金程向原土地区画整理事業によって、現在地(福祉センター隣)に移されますが、時は経て養蚕は全く姿を消した今日、社殿には前記由来と「この地、農村史の中で忘れえない蚕影山を後世に伝う」の碑文が残されています。
 

金程の蚕影神社
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