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横須賀・三浦 社会

公開日:2026.05.08

国を救った「土蔵付きの家」   三笠で語られた小栗と東郷の絆

  • 中央が東郷平八郎元帥のひ孫にあたる東郷宏重氏

    中央が東郷平八郎元帥のひ孫にあたる東郷宏重氏

 幕末に横須賀製鉄所の建設を主導した幕臣・小栗上野介忠順と、戦艦三笠を指揮した東郷平八郎の関係に着目した講演会が4月28日、横須賀市の記念艦「三笠」で開かれた。会場には約130人の聴衆が詰めかけ、時代を超えた二人の絆に耳を傾けた。歴史サークル「湘南海援隊」とタウンニュース横須賀支社の共催。

 第1部では、湘南海援隊を主宰する斎藤秀一氏が登壇。小栗は戊辰戦争時、明治新政府軍によって「逆賊」の汚名を着せられ、無実の罪で処刑されるという悲劇的な最期を遂げた。しかし斎藤氏は、小栗が幕府の終焉を予見しながらも「たとえ幕府が滅んでも、ここに製鉄所を残しておけば後の日本に必ず役立つ。土蔵(製鉄所)付きの家(日本)を次代に引き継ぐのだ」と、私利私欲を捨てて横須賀製鉄所を築いた無私の思想を力説した。

 座談会形式の第2部では、東郷平八郎のひ孫にあたる東郷宏重氏がゲストとして出演。日露戦争の勝利を支えたのは、小栗が築いたドックでの完璧な船体整備であったことを強調した。このほか、東郷平八郎が敵艦の規律の乱れ(大砲に洗濯物を干す等)を見て勝利を確信したエピソードや宏重氏自身の海上自衛隊での経験から「船底を丁寧に磨くことは愛情であり、性能を引き出すための精神を鍛えること」という実感が語られた。

 日本海海戦の勝敗を分けた「三六式無線電信機」を開発した木村駿吉が、幕臣・木村摂津守(芥舟(かいしゅう))の息子であるという数奇な縁も紹介され、幕末の志が明治の国難を救う力へと直結していた事実を伝えた。

 東郷平八郎が長く「逆賊」とされてきた小栗の遺族を訪ね、感謝と謝罪を伝えたのは日露戦争から7年後の1912(明治45)年のこと。この期間について宏重氏は「日本独自の技術で艦隊を作れる新時代(巡洋戦艦『比叡』の横須賀での建造など)を迎えた節目、そして自身の生涯を振り返る中で、東郷は改めて『種をまいた人』への報恩を強く感じたのではないか」と、その心情を推察した。

 参加した男性は「三笠という象徴的な場所で、東郷元帥の子孫から直接エピソードを聞けるのは感慨深い。かつて逆賊とされた小栗の正当な評価を願う」と振り返った。

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