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藤沢 文化

公開日:2026.03.13

わたしと市民会館
市民オペラが育ててくれた
声楽家・菅英三子さん

  • 市民オペラの舞台模型の前で

    市民オペラの舞台模型の前で

 半世紀超の歩みの中で、多くの表現者をスポットライトで照らしてきた藤沢市民会館。中には会館から活躍の場を広げた人も。東京藝術大学教授で、今も第一線を走る声楽家の菅英三子さん(66)も、この舞台から羽ばたいた一人だ。

 ウィーン国立音大へ留学後、現地劇団でオペラ歌手として活動していた菅さん。音楽雑誌で「藤沢市民オペラ」のコンクール開催を知り、市民オペラを築いた指揮者・福永陽一郎さんの名を冠した賞に惹かれ、「挑戦したい」と決意。仙台の母に代理で申し込みを託し、一度も訪れたことのない土地へ、海を越えて飛び込んだ。

 コンクール中、何より菅さんの記憶に鮮烈なのは、スタッフやボランティアの献身的な姿だ。出番直前まで練習場所を確保し、「出場者が良いパフォーマンスを出せるよう常に気遣ってくれた」。遠方からの出場者の宿として、自宅を提供する地元住民もいたという。

 菅さんは1位に輝き、念願の福永賞を受賞。市民オペラ『トゥーランドット』や『ラ・ボエーム』などに出演した。本場を経験した菅さんから見ても「豪華で素晴らしい空間だった」と舞台を懐かしむ。稽古中、演出家から投げかけられた「歌い手はただ立って歌うだけで、オペラ全体が見えてこないとだめ」という一言は、今も自身の指針となっている。

 「母は『藤沢には足を向けて寝られない』というんです」。市民オペラを通じ、日本の音楽界をけん引する表現者と縁を結んだことが後に、国内での活動の輪を広げる大きな転機となった。当時のアリアに魅了された市民が今も公演に足を運ぶなど、会館が紡いだ絆は途切れることなく続いている。

 慣れ親しんだ舞台が一時幕を下ろすことに「さみしいですね」としみじみ。「でも建物が変わっても音楽を愛し、そのために労をいとわない人の温かさは変わらない。藤沢の未来につながる拠点になれば」。かつて自分を育ててくれた原点の舞台へ、静かにエールを送った。

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