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藤沢 文化

公開日:2026.03.20

わたしと市民会館
次代に託す「生音」のバトン
運営に尽力した齊藤館長

  • アルバムの頁をめくる齊藤館長

    アルバムの頁をめくる齊藤館長

 物音一つしない館内で、古いアルバムの写真に目を落とす。「ここまでよくがんばったね」。そう静かにつぶやく。市民会館の屋台骨を支え、あらゆる舞台を成功へと導いたのが、齊藤雅子館長。休館を前に今語るのは、華やかな世界の裏側に秘められた精進と次世代へ託す生音のバトンだ。

 会館との縁は、中学生の頃から。「大和から藤沢へ引っ越し、ここで合唱祭をした」。その後は有名アーティストのコンサートにも足を運んだ。多感な時期に初めて触れた表現だった。

 時は流れ、2021年に藤沢市の人事で文化芸術課に赴任。「空調が止まったり、雨漏りがしたり。とにかく、お客さまや演者さんに影響を出さないよう必死で」。建物の老朽化と向き合い続けてきたが、苦労以上に自身を突き動かしたのは、舞台裏で目にするプロの執念だった。「歌舞伎の段取り、オペラの過酷な練習。客席から見る一瞬の輝きの陰には、膨大な時間と汗が流れていた。間近で見られたことは人生の宝物」

 デジタル化が進み、指先一つでエンタメにアクセスできる現代。だからこそ「生の力」を強調する。ストレートな音の響き、ホールに漂う空気感、演者の息遣い、観客が一体となる瞬間。「検索では手に入らないものがある。数年後、ふとした時に『あの時に聴いた音は凄かった』と思い出してくれる。会館は、そんな場でなければならない」と果たすべき役割を示す。

 休館300日前からカウントダウンをはじめ、市民らから膨大なメッセージが寄せられた。「青春時代を過ごした人、成人式を迎えた人、結婚式を挙げた人、子どもの親になって再び訪れた人…。一人ひとりにストーリーがあった。皆さんからの思いが想像以上に熱くて。会館はたくさんの人に育てられたんだって」と涙で声を詰まらせた。

 「会館運営に携われて光栄だった。建物はボロボロになってしまったけれど、それも含めて愛してくれた人々には感謝しかない。寂しい。でも新会館の期待もある。そして鳴り響いた生音の記憶は、心の中で生き続けると信じているから」

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