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公開日:2026.02.27

龍宝寺
平和刻むレリーフが完成
捕虜収容所の犠牲者悼む

  • 完成したレリーフと梅田住職

    完成したレリーフと梅田住職

  • 平和刻むレリーフが完成 (写真2)

 玉縄北条氏の菩提寺として知られる市内植木の龍宝寺(梅田良光住職・52)の境内に、戦時中、同寺の目前にあった「大船捕虜収容所」(=下記参照)で亡くなった連合国軍兵士6人を慰霊するレリーフが、昨年末に建立された。終戦から80年の節目を迎え、凄惨な歴史を記憶に留め、恩讐を超えて不戦と平和への願いを次世代へとつなぐ。

 大船捕虜収容所は、海軍の尋問施設として、延べ500人以上の捕虜が収容された場所だ。終戦までの過酷な日々の中で、病気や怪我などもあり、アメリカ人とノルウェー人の兵士6人が帰らぬ人となった。

 戦後、同寺の先代住職が塔婆を建てて以来、今も6人の位牌を掲げ、祈りを捧げ続けている。

 以前から関係団体より慰霊碑建立の打診はあったものの、反対意見もあり断念。長らく懸案となっていたが、このほど檀家からの寄進を受け、戦後80年という節目に合わせた建立が実現した。

命の重みに境界なし

 本堂に向かって左手、新井白石の碑の隣に設置されたレリーフの大きさは、高さ90cm、横幅105cm(台座除く)。石材の中央には、旧約聖書に由来し平和の象徴とされる「オリーブの枝をくわえた鳩」が彫られた。

 図案や碑文の執筆をした梅田住職は、亡くなった兵士たちの信仰や背景を尊重し、西洋的なデザインを採用。かつての「敵」ではなく、同じ時代を戦った人間としての敬意を込めた。

 同寺の境内には、1944(昭和19)年10月29日、神風特別攻撃隊・至誠隊の隊長としてフィリピン・マニラ沖に出撃し帰らぬ人となった、先々代住職、團野宗勝さんの5男・功雄さんが詠んだ句「いざさらば 吾が身散るとも我が心 堅く護らん皇孫の國」が刻まれた石碑がある。

 梅田住職は「ここに大船捕虜収容所があり、6人が亡くなったという歴史の重みを感じてほしい。これらの碑が、改めて平和の大切さを考えるきっかけになれば」と、静かに思いを語った。

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