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公開日:2026.04.10
川崎大空襲 記憶の灯、絶やさぬよう 並木さん 「忘れない」を原動力に
1945年4月15日に発生した川崎大空襲。幸区では、多くの死傷者を出した都町ロータリーの事件を語り継いできた、さいわい歴史の会が1月に解散し、記憶の継承が困難になりつつある。それでも、同会最後の会長となった並木章さん(86)は「絶対に忘れてはいけない」という強い思いで、会解散後も個人での歩みを止めない。
川崎大空襲ではB29爆撃機が194機来襲。焼夷弾1万2748発などを雨と降らせ、市の中心部は一面の焼け野原となった。罹災者は10万人を超え、市内の空襲による死者約1000人、負傷者約1万5000人の大半は、川崎大空襲によるものだったという。
解散後も個人で活動
2003年に発足した同会は、毎年4月15日に慰霊の会を延命寺(幸区都町)で実施。境内の慰霊碑に花を手向け、戦争体験者を招いた講話などを開催してきた。同寺には、現在の都町交差点にあったロータリーで爆撃を受けた約200人の死傷者の多くが運び込まれたことから、慰霊碑と墓が建てられている。「最近は外から幸区に引っ越してきた人も多い。そういう人に、自分たちが住む地域で起こった惨劇を知ってほしかった」と慰霊の会の意図を語る。
会の解散後も、並木さんは個人として活動を続けており、3月にはプラザ田島(川崎区追分町)で、川崎大空襲を扱った講演会に登壇。4月14日(火)には有志のメンバーを集めて、これまで通り慰霊の会を執り行う予定だ。胸の内には原動力となる「絶対に忘れてはいけない」という強い思いがある。「今も世界で起こっている戦争に対して、自分の力はゼロに等しい。それでも忘れることなく、亡くなった故人を思い続けていたい」。故人を偲ぶ思いは解散後も変わらない。
最盛期に約40人を数えた同会会員は、高齢化や転居などを理由に次第に減少。最後は6人を数えるばかりだった。並木さんは後継の会長を募ったが手は上がらず、今年1月、23年の歴史に幕を下ろした。
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