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さがみはら中央区・緑区 社会

公開日:2026.08.13

語り継ぐ記憶と母の思い 被爆体験伝承者 緑区在住・井上満恵さん

  • 語り継ぐ記憶と母の思い (写真1)

 終戦から81年。原爆投下による被爆者の数は年々減少し、平均年齢は86歳を超えた。記憶の継承が課題となる中、被爆者の体験や平和への思いを語り継ぐ「被爆体験伝承者」が全国で活動を続けている。2025年からその役割を担う、緑区在住の井上満恵さん=写真=に話を聞いた。

隠されていた被爆

 1952年、山口県で生まれた井上さん。かつては原爆に対して強い関心を抱くこともなく、大学を卒業し、結婚して家庭を築くという穏やかな日々を送っていた。

 転機となったのは、子どもが生まれてしばらくした後のことだった。実母から、「被爆者健康手帳を取ろうと思う」と打ち明けられたのだ。母は、娘が結婚し、子どもを産むまではと、長い間被爆の事実を隠し続けていた。

 「2世として私が差別に遭うことを恐れていたのだと思います。後から考えれば、母は身体が弱かったので、手帳があれば支援を受けられて助かる場面もあったはずなのに」。広島出身であることは知っていたものの、「遠い場所だったので、被爆しているとは思っていなかった」。1945年8月6日、広島市内で通勤途中だった母は、近くの民家に逃げ込んだため、熱線による火傷は免れたのだという。

 母が手帳を取得してから、支援制度のありがたさを感じたという井上さんは、「先人たちが長い運動の末に勝ち得た権利。恩返しがしたい」と考えるように。「自分にできることをしたい」と伝承者になることを決意した。

 学びを深める中で、被爆者やその家族に対する根強い差別や偏見が存在していた事実に触れた。「出産を許してもらえなかったという2世の方もいた。私も母が被爆したと知っていたら、結婚のときに隠していたかもしれない。母がずっと守ってくれていたのだと知り、涙がぽろぽろとこぼれました」

「現実に目を向けて」

 広島市が養成する被爆体験伝承者は、自身の体験を伝える「被爆体験証言者」から体験の伝授を受け、広島平和記念資料館や全国の学校、施設などで講話を行う。井上さんは、広島で被爆した証言者2人の体験を語り継いでいる。

「戦争は絶対に起こしてはいけないし、若い人を戦地に送ってはいけない。そのために、過去の歴史を知り、今の現実に目を向けてほしい」。母の愛と平和への願いを胸に、井上さんは今日も次世代へと語りかける。

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