師へ捧ぐ
今年、9月にご逝去なさった、市川猿翁さん(三代目猿之助)は私にとって演劇界での恩師でした。学生演劇からスタートして我流でやってきた劇作と演出に、スーパー歌舞伎『新三国志』など共に取り組ませて頂いた仕事を通してプロの精神と技を伝授して頂きました。私は脚本執筆を依頼された立場で、二十五年前の出会いの時から三代目に「先生」と呼ばれていましたが、歌舞伎界の第一人者でありながら、単なる伝統継承を拒んで、常に新たな発想と工夫を求めて、誰も見たことのない世界を生み出す、圧倒的な創造力と情熱に敬服し、私は勝手に師と呼び、おもだか一門の弟子を名乗っていました。
その師がよく語られていた言葉です。師は稀代の思想家、教育者でもありました。
「政治経済は人がつくり
文化芸術は人をつくる」
我が国ではとかく政治と経済が優先されて、文化の値打ちが低く見られがちです。それは国家予算の配分を見れば明らかです。しかしその結果、我が国の状況はどうなってきたか。優先したはずの政治経済に深刻な劣化が現れ、誰もが先行きに不安を抱いています。今になって、斬新なアイデアを生んで変革を担う優れた人材の登場を待ち望む声が急速に高まっていますが、そのような人材を育成するためにこの社会は何をやって来たのか?
真の美や感動を知らぬ人たちに、豊かな社会をイメージし、構築できるはずがないのです。
師の言葉を噛みしめつつ、皆さまどうぞ良いお年を。
2月7日