横須賀・三浦 文化
公開日:2026.11.06
「横須賀ジャズ」の向かう先 協会発足10周年 長坂代表に聞く
米海軍下士官クラブ「EMクラブ」を起点に、戦後日本のジャズ文化をけん引した横須賀。かつて街中に響いていた音色が途絶え、横須賀中央駅前のモニュメントだけが佇んでいた風景に一石を投じたのが、市民有志の手で誕生した「ヨコスカ・ジャズ協会」だ。2016年の発足から10年。「トモダチジャズ」と銘打ったイベントを手掛けてきた長坂利広代表に「横須賀ジャズ」の現在地を聞いた。
聞けないなら自分たちの手で
──「ジャズの街」にジャズが鳴っていない。その違和感が会発足の原点とのこと。
「学生時代から『ジャズの街・横須賀』に強い憧れを持っていたが、いざ暮らしてみると街からジャズの音が全く聞こえてこない。往時を知る人たちも少なくなり、記憶が風化しつつあった。『今動かなければ、横須賀ジャズは過去の遺産になってしまう』。その危機感が原動力。同じ思いを持つ人たちが“この指とまれ”方式で集まり、手弁当で運営してきた」
──「横須賀ジャズ」の個性をどのように定義したのか。
「イベント運営のノウハウは横浜のグループから学んだが、あちらは港町、こちらは軍港。横須賀独自のEMクラブ文化をアイデンティティーに据えて差別化を図ってきた。ジャズとは混ざりあう文化。米兵と日本人が居合わせ、本流のジャズだけでなく、カントリーやハワイアン、ロックがごちゃ混ぜで鳴り響いていたのではないか─。そんな多様な姿を『横須賀ジャズ』と定義。近年は市主催のロックイベントとも融合を図っている」
──初回のイベントは華々しく14会場での開催を強行した。
「ドブ板通りから若松マーケットまで横須賀中央全域を会場にした。街には多くの人々が回遊したことでジャズの持つ可能性を示すことができた。大成功を収めた半面、運営は火の車。資金面では今も苦労が絶えない。その後もジャズバーや外国人バーに気軽に訪れることのできる『ジャズパスポート』の発行など、一定の成果を上げてきた。そうした中でコロナ禍も経験。手探りの中でオンライン配信に取り組んだことが結果として、機材の操作など自走する契機となった」
──市民参加型のスタイルを強めている。
「プロミュージシャンの招へいを主要ステージのみに絞り込み、アマチュアバンドが主役となる運営へと舵を切った。18年に「ちぐさ賞」を受賞したクラリネット奏者の宮脇惇さんなど、この場所を経験してきた若手も育ち、一線で活躍中。『トモダチジャズ』は10年の歳月を経て、市民奏者と地域を巻き込むプラットフォームへと成長している。これが持続可能な運営のための最適解。横須賀流のスイングを鳴らし続けていく」
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