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横須賀・三浦 コラム

公開日:2026.11.06

三郎助を追う 〜もうひとりのラストサムライ〜 第68回 文・写真 藤野浩章

  • 品川沖を望む(天王洲アイル付近)

    品川沖を望む(天王洲アイル付近)

  • 三郎助を追う 〜もうひとりのラストサムライ〜 (写真2)

 一夜にして総大将である15代将軍・慶喜に置き去りにされたことで、幕府軍は戦意を喪失。大坂城は大混乱に陥る。一方、その知らせを受けて戦意が高まっていたのが江戸だ。特に勘定奉行の小栗上野介や榎本武揚らは徹底抗戦を主張し、新政府に恭順(きょうじゅん)する方針を固めた慶喜と対立する。

 この江戸城大広間での場面は大島昌宏『罪なくして斬らる』でドラマチックに、そして生々しく描かれている。実は、同書がおよそ30年ぶりに、初版を発行した新潮社から書籍として復刊されることになった。新潮文庫版『罪なくして斬らる』は11月26日(木)に全国の書店で発売予定。来年の大河ドラマの予習にも最適なので、ぜひこの機会に読んでおきたい一作だ。

 さて、この時点で徳川家直属の家臣は約2万人強、家族や関係者も含めると10万とも30万人とも言われている。そして領地は直轄領4百万石から一気に70万石、駿河・遠江・三河の一部に再編されてしまう。

 加えて、西郷隆盛が率いる東征軍が3方向から江戸に迫り、町が火の海になるらしい、などとパニック状態となる。物資の流通がストップしたことで米不足や物価高騰が起き、生活は困窮を極めた上に、治安が著しく悪化していた。

 特に"逆賊の幕臣"たちは、それぞれの行く末を決める必要に迫られていた。渋沢栄一のいとこ成一郎は上野で彰義(しょうぎ)隊を結成、対立を鮮明にする。勝海舟は薩摩やイギリスとの交渉を進め、東征軍を押し留めようとする。さらに榎本武揚は無傷で残る旧幕府艦隊に目をつける。そして三郎助は――慶応4(1868)年8月、その姿は品川にあった。

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