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逗子・葉山版 公開:2024年7月5日 エリアトップへ

小坪の砲台事故 被害者遺族らが証言 講演会に150人

社会

公開:2024年7月5日

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満席になった会場
満席になった会場

 終戦直後の1945年10月20日に小坪地区で起きた、洞窟砲台内での爆発事故。子どもばかり15人が亡くなり、30人以上が火傷やけがをした。この悲劇を語り継ごうと6月22日、逗子文化プラザで、逗子の歴史を学ぶ会(今泉良一会長)が歴史講演会「砲台に消えた子どもたち 小坪の悲劇が今 語りかけるもの」を開催。定員いっぱいの150人が参加した。

 この事故の考察を行う中澤洋さんは事故が起きる伏線が幾つかあったと指摘した。戦後、砲台は日本軍から進駐軍の監視下に置かれたが管理がずさんだった。砲弾は信管が抜かれ破棄されたが、火薬は残ったまま。物資不足の中、燃料となる木や火薬を持ち出そうと洞窟内に地域住民が出入りしていた。また、子どもたちの遊び場にもなっていた。こうしたなか、事故は子どもたちが洞窟内で擦ったマッチが火薬に引火したとも、大人が持っていたろうそくが原因だとも言われ、真相は分からないままだ。

 そして、事故はかん口令が敷かれたかのように情報が公開されず、76年5月に毎日新聞で報道されるまで公になることはなかった。

「兄の服は燃えていた」

 事故で兄を亡くした草柳博さん(88)は当時、小坪国民学校3年生。当日、運動会の練習が終わった後、砲台で遊んでいたが、事故が起こる前に家に帰り、持ち出した溶接棒に火をつけて遊んでいた。爆発音は聞いておらず、家に戻ってきた兄の服が燃えていたことで事故を知った。その兄は隣に住んでいた人によってサナトリウム(療養所)に運ばれた。また、砲台のすぐそばが海だったので、3、4人は海に飛び込んだと聞いていると証言した。

 草柳さんの娘婿、丸山治章さん(59)は「義父から事故の話を聞いて地域の方にも尋ねてみたが、ほとんど知らなかった。知っている人からは『その話はあまりしない方がいい』と言われたのを覚えている。大きな事故ではなかったとの印象だったが、後に(市内在住の児童文学作家)野村昇司さんの『砲台に消えた子どもたち』で、大変な事だったんだと認識した」と語った。

慰霊碑を移設

 事故後、草柳家が中心となって現場に慰霊碑を建立。道路建設や海岸埋め立てのため、現在は小坪逗子海岸トンネルの上に移されているが、今年の慰霊祭(10月20日(日))には現場の下(湘南の凪 もやい裏の崖側)に移設される予定となっている。

 草柳さんは「戦争が終わって平和を感じる中で起こった事故。行政の記録にもなく知る人も少ないが、皆がこのことを知り、亡くなった子どもたちに花を手向けられるようにしたい」と移設への思いを語った。

当時を語る草柳さん
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