藤沢 社会
公開日:2026.10.30
長後在住・斎藤広次さん 「手作り」の家と半世紀
市北部・長後地区の閑静な住宅街、急な坂道の途中にある4部屋南向き25坪の平屋は、「夢のマイホーム」だった――。斎藤広次さん(86)は57年前、この家を手作りで建てた。手入れが行き届いた庭の芝が輝き、涼しい風が吹き込んでくる居城には、斎藤さんの人生が刻まれていた。
独学で着工
斎藤さんは日本有数の豪雪地帯、長野県栄村の出身。幼少期から運転そり製作など工作に熱中してきた。中学卒業後は上京し、洋菓子店に勤務。そこで出会った妻との結婚を機に藤沢へ移住した。いすゞ自動車(株)に転職し、「山育ちだから海の近くに住みたかった」と、当時まだ民家があまりなかった同地に土地を買い、自らの手で家を建てることを決意した。
本で法律や技術を学び、伐採や整地、大工工事、内装、左官など特別な資格や免許が不必要な箇所は、周囲の人や家族の協力のもと自力で取り組んだ。平日は仕事が終わると、残業後でも必ず毎日2時間、休日は朝から晩まで作業に没頭。「楽しくて楽しくてしょうがなかった。最高のおもちゃ」と振り返る。
信念胸に完成
しかし、それでも工事は試行錯誤の連続だった。高価な木材の寸法を切り間違えては頭を抱え、時には心が折れそうになることもあった。そんな時に職場で見かけたのが、『一所懸命』という言葉だった。「一つの場所に命を懸けてやり遂げようと、自分を奮い立たせた」と斎藤さん。その信念を胸に29歳10カ月の1969年、約3〜4年かけて念願のマイホームを建てた。「20代のうちに完成させようという目標も達成できた」と笑顔を見せる。
何より心がけたのは「安全と健康第一」。大きなけがもなくやり切り、念願の引っ越しができた時の喜びはひとしおだったという。「近所の大工さんに『一つもミスがない』と褒められてうれしかった。いま思うとよく作ったなと感じる」としみじみ。「妻が毎日の洗濯物を干しやすいように」と、日当たりの良い南向きの設計にした。
近頃は吹奏楽に取り組む孫が楽器の練習をするなど、手作りの家は家族が集う憩いの場となっている。
セカンドライフ
定年後は新たな挑戦として社交ダンスの世界へ足を踏み入れた。大会で優勝を重ねて公認指導員の資格を取得し、現在は地域の公民館などで高齢者の健康維持やフレイル予防の指導にあたる。夫婦そろって朝に遊歩道を4千歩ほど歩くのも健康維持の日課だ。
自らの手で築き手入れを続けてきた住まいへの愛着は尽きない。「最後までこの家にいられるなら、住みっぱなしではなく、自分の手で解体まで手がけて面倒を見たい」。自らの手で築いた温もりあふれる住まいで、斎藤さんは妻とふたりで日々を刻んでいる。
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