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公開日:2026.01.01

馬絹と有馬 「午」の街
地名に刻む 馬と歩んだ歴史

  • 馬絹神社

    馬絹神社

 2026年の干支である「午」にちなみ、宮前区内で馬にゆかりのある地名を紐解いてみた。そこには古くからこの地が馬と深い関わりを持っていたことが見えてくる。

 川崎市の資料などによると、区内中央部に位置する「馬絹」は、平安時代の平将門の乱に際し、興世王の乗馬の衣を里人が拾い祀ったとする説がある。古代の有力豪族が税である「調」として馬に絹を載せて運んだとする説もあり、7世紀中期の馬絹古墳の存在がその繁栄を裏付ける。また、本殿の改築工事完了を機に1986年に改名した馬絹神社の境内には、源頼朝の伝説にちなむ「御神木千年の松」の一部が祀られている。

 馬絹にある泉福寺の浮岳堯仁住職は「幼いころはマギノと発音する大人がいた。『牧野』から『馬絹』に転じたのではないか」と推測する。馬絹は江戸時代から続く花桃の産地としても知られ、枝折技術の第一人者である吉田義一さんは「親戚が蹄鉄を扱う『金靴屋』という屋号だった」と馬とのゆかりを教えてくれた。

 一方、区の南側に流れる有馬川沿いの「有馬」も馬との縁が深い地名だ。丘陵の間を縫う地形に由来する「在間」や「有馬」説のほか、浮岳住職の幼いころの記憶を裏付けるように、朝廷用の馬を生産する勅旨牧「石川の牧」にちなんで命名されたという説も残っている。

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