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多摩区・麻生区 社会

公開日:2023.07.07

鈴木産婦人科が閉院
63年間の歴史に幕

  • 鈴木産婦人科の前に立つ鈴木院長(右)と松橋看護師長

    鈴木産婦人科の前に立つ鈴木院長(右)と松橋看護師長

  • 思い出を語る鈴木院長

    思い出を語る鈴木院長

 1960年に登戸で、開業した鈴木産婦人科(鈴木真院長)が6月30日、63年間の歴史に幕を下ろした。

 同院は鈴木院長の父親で前院長の幸二さんが現在の場所に開業。最初は木造で2階建ての建物だった。当時は、夜間の交通手段もなかったため、鈴木院長の母親があらかじめ患者の住所を聞いておき、自家用車で迎えにいったことも。「車内で陣痛が始まると、『産まれるのではないか』とどきどきしながら運転した」という話を母親から聞いたという。美食家でもあった母親は「美味しいものを食べて栄養をつけてほしい」との思いから、75年ごろは板前やコックを雇い、料理を提供していた時代もあった。「昔は、『鈴木産婦人科さんは食事が美味しい』と評判が高かったと聞いています」と鈴木院長は話す。

 90年に当時31歳だった鈴木院長が幸二さんの跡を継いだ。98年に現在の鉄筋6階建てとなった。

 同院では、安心して子どもを産み、育てられるよう助産師による周産期相談や乳幼児健診、マタニティスクールなど、さまざまな取り組みを行ってきた。出産後に家族と一緒に入院できる「かるがも入院」も好評を得ていた。「地元に愛される医療機関を目指し、妊娠、出産という人生の大きなイベントに安心して臨むことができるよう、一生懸命努めてきた」と鈴木院長は振り返る。

ピーク時は区の7割出生

 同院の出産数の記録は98年から残っている。その年は988人が同院で産まれた。その後は千人台が続き、ピーク時の2004年には1501人が同院で生を受けた。市の統計によると、この年の多摩区の出生数は2042人。実に7割以上が同院で産まれた計算になる。その後は少子化の影響もあり16年には千人を割り込んだ。直近の22年は715人が産まれた。

24時間対応難しく

 少子化に加え、98年にできた現在の建物が老朽化し、大規模修繕が必要であることや、医師と看護師、助産師等資格者の人材の確保が困難になり、24時間対応が難しくなってきたこともあって、閉院することを決めた。「父の跡を継いだときは、まだ31歳の若造。若かったこともあり、がむしゃらにやってきた。ただ、自分も歳を重ね、63歳となった今、体力的にも24時間対応をしていくのは難しい」と率直な思いを語った。

「一生忘れられない」

 「長時間に及ぶ辛い陣痛を乗り越えて出産されたときの感動と母親やご家族の笑顔は一生忘れられない」と鈴木院長。22年間にわたり、同院に勤務する松橋美由紀看護師長は「患者さんにも『本当にさびしい』というお言葉をたくさんいただいた。本当にありがたいこと。一緒にやってきた仲間や患者さんにさまざまなことを学ばせてもらったことに感謝したい」と笑顔を見せた。

 6月22日、最後の分娩となる男児が無事に産まれた。「心の底からほっとした」と鈴木院長は安堵の表情を見せた。同院で2人の子どもを産んだ宿河原在住の清水直美さん(54)は「産婦人科が減っている状況。産む場所が減っていくのはかなしい」と話し「看護師さんなど、本当に親身になってくれた」と当時を振り返った。

 今後、同院の建物は年内に取り壊す予定だ。

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