さがみはら中央区 経済
公開日:2023.01.26
事業承継 成功のポイントは
緑区・金属加工業者の例
商議所への相談増
親族や従業員らから後継者を選び、会社を引き継いでもらう「事業承継」。企業の存続に必要な取り組みだが、コミュニケーション不足や売上などの内部環境、コロナ禍などの外部環境から「うまくいかない」ケースもある。中小企業の支援を担う相模原商工会議所では年々相談数が増えているという。そのような中、もちろん「うまくいく」例もある。
緑区田名の金属加工業、清水原コーポレーションの山口友彦さんは2019年10月、40歳のとき事業承継した。
会社は昭和40年代に祖父が起こしたもので、山口さんは3代目になる。長男であり小、中学校の頃から仕事の手伝いをしていたこともあり「いずれ自分が継ぐもの」という意識はずっとあったそう。そのため工業系の高校へ進学し専門学校では電気、機械について学んだ。横浜市内の企業へ就職したのち、25歳で会社に戻り10年ほど現場で働いた。
リーマン、震災契機
従業員7、8人のいわゆる「町工場」。事業はドラム、ハブ、ハブドラム、ディスクローターなどの加工がメインで取引先は1社のみ。10年、20年スパンの製品をずっと作り続けていた。ただ、リーマンショック(2008年)、東日本大震災(11年)があり受注は激減。山口さんは「このままの状態ではまずい。他社に営業をしていかないと」と考えるようになった。一方、当時社長だった父親と経理を任されていた母親が体調不良になり山口さんが会社全体を見ることに。内情を知ると、会社存続への危機感がますます高まった。
相模原商工会議所青年工業研究会(青工研)に入会したのはちょうどその頃だった。そこには山口さんと同じように事業承継の道を歩まなければならず、そして実際に継いだ先輩たちがいた。先輩たちから学び、刺激を受けた山口さんは38歳のとき「今年中に社長になる」と宣言をした。その点について山口さんは「ずっとぼんやり『継ぐもの』と考えていたが、経営への危機意識もあり人前で言うことができた。自分の考えが変わらないと無理だった」と当時を振り返る。
もっと会話を
事業承継は父親である先代から、すんなりと認められたわけではなかった。「苦労する時期を経験してきたこともあり、自分に物足りなさがあったのでは」。山口さんは青工研の活動に熱心で役員を歴任し2020年度は会長を務めた。そのような前向きな姿勢を先代は評価をしてくれたようで、ようやく代表権の移行となった。「業務内容について話す機会はあったが、事業承継についてじっくり話す時間はあまりなかった。親子でやりにくい部分もあったがもっと会話をしコミュニケーションをとっておけば良かった」。承継し3年が過ぎた今、そう実感している。
「継ぐなら早い方がいい。継いだら苦労をする。でもその苦労に負けない気持ちが大切」。山口さんは事業承継に悩む自分と同様の境遇の人たちにそうメッセージを送る。「継ぐ側が自分から言い出して。言われたから交代では、そういう強い気持ちは生まれにくい」。「先輩」となった山口さんは今、後輩たちへそう喝を入れて回っているそうだ。
磨き上げの結果
山口さんのケースについて同会議所は「青工研の活動を中心にして、自社の強みと課題(事業承継含めて)を『見える化』から『磨き上げ』をしたようです。実際のさまざまな承継事例や強みを伸長した事例のセミナー・相談など、当所のサービスも活用し参考にして、取り組まれた結果かとは思います」と話した。
2月にセミナー
同会議所は2月10日(金)、事業承継支援のセミナーを市立産業会館で開催する。
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