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大和 社会

公開日:2026.05.30

相鉄本線開業100年 県央部の発展に貢献 苦難乗り越え開通

  • 県央部の発展に貢献 (写真1)

 2026年で、相鉄本線は開業から100年、いずみ野線は開業50年の節目を迎えた。そこで、両路線の「これまでの歩み」についてひも解く。

神中鉄道として産声

 1926年5月12日、二俣川駅から当時の厚木駅(現在の相模鉄道厚木操車場)間が開通。当時の名称は「神中鉄道」で、神中鉄道(株)が運営していた。

 神中鉄道開業の背景について、相鉄グループの担当者は「当時の神奈川県中央部は交通機関が未発達で、農産物輸送も充分にできていない状況だった。そこで旅客と物資の輸送を担い、地域の発展に貢献すべく開業した」と説明する。

 横浜駅まで開通したのが33年。開業から7年以上を要したが、「鉄道の開業までには認可取得・調査測量・用地取得・工事と多くの手間と費用がかかり、全線の一斉工事・開通は現実的ではなかった」という。また当時は、第一次世界大戦が影響した諸物価の高騰や物資不足、戦後の金融恐慌、関東大震災が続き、「苦難の中での鉄道建設だった」と語る。

戦時下で合併も

 一方、現在の相鉄グループにあたる相模鉄道(株)は、17年12月に創立。相模川の砂利運搬などを目的に、現在のJR相模線にあたる「相模鉄道」を21年から順次開業させていった。この時期は地方鉄道法(19年)などが公布されており、全国で多くの私鉄が設立されていた。相鉄グループ100年史によると、神中鉄道と相模鉄道は当時の厚木駅で連絡しており、旅客や貨物の連帯輸送を行っていたという。

 太平洋戦争下の43年4月1日、「両者の経営を異にすることから十分な協力体制を発揮できない。一元的に経営し、戦時下における輸送の充実を図る」(相鉄グループ100年史より引用)という背景から、相模鉄道(株)が神中鉄道(株)を吸収合併。神中鉄道は相模鉄道(株)の営業区間となった。

 しかし、44年6月1日に国が「相模鉄道」を強制買収。国有路線となり、「相鉄」から離れることになった。

いずみ野線も半世紀

 いずみ野線の二俣川駅からいずみ野駅間が開業したのは、1976年4月8日。当時このエリアは横浜市西部の開発対象エリアでありながら鉄道駅がなく、移動はバス頼りの状態だったという。

 71年から工事に着手し、トンネルや高架橋により全線が道路と立体交差で踏切のない路線として計画。90年4月4日にいずみ中央駅まで、99年3月10日に湘南台駅までの区間が開通した。

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