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横須賀・三浦 スポーツ

公開日:2026.07.10

「諦めずに粘り切る」 山岸翠(あきら)さん 横浜創学館高卒 23歳)

  • エース番号を背負って挑んだ県大会(本人提供)

    エース番号を背負って挑んだ県大会(本人提供)

  • NPB入り目指す

    NPB入り目指す

 甲子園出場を夢見ていたが、自分自身のレベルを冷静に見極め、誘いを受けた横浜創学館に進学した。「とにかく試合に出て経験を積み、実力を高めたい」というのが理由だった。週6日に及ぶ朝晩の猛練習、青春のすべてを捧げた。

 1年の冬に右足を負傷するアクシデントに見舞われた。万全に動けないもどかしさを抱えていた2月頃、新型コロナウイルスの大流行により学校は休校。通学して泥にまみれる「普段の生活」は失われた。しかし、この期間を「自身の体を万全にするチャンス」と前向きに捉え、自宅での体幹トレーニングや食事改良による増量に励むなど一人の時間に没頭した。

 そうした努力が実を結び、2年生の秋からはチームのエースとして背番号1を背負った。シンカーやスライダーなどの変化球を操る「技巧派投手」として台頭し、チームを牽引した。

 迎えた最後の夏。神奈川県大会ではエースとしての重圧に押しつぶされそうになりながらも、誰よりも早くグラウンドに立ち、誰よりも遅くまでボールを握ることで自信を培った。チームは快進撃を続け、決勝まで駒を進めたものの横浜高校に3対17と完敗、聖地への夢はあと一歩で潰えた。ただ、過酷な神奈川の夏を戦い抜いた経験とそれを通じて身につけた「諦めずに粘り切る」という姿勢は、野球人生を支える礎となっている。

*  *  *

 高校卒業時はプロ入りを志願したが、その名が呼ばれることはなかった。夢を諦めず、進学した関東学院大学でも白球を追い続けた。大学生活の後半はスランプに陥り、自分自身と深く向き合う苦しい日々が続いたが、あらためて野球を続ける意志を固めることができた。現在は独立リーグ「神奈川フューチャードリームス」に身を置く。目指すのは、あのとき届かなかった舞台だ。「1年1年が勝負の年」とシビアな現実を受け止めてた上での挑戦。迷いや不安は日々の全力プレーで振り切る。

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