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公開日:2026.06.05
三盛楼 地元銘菓、惜しまれ別れ 75年の歴史に幕
逗子の地名や歴史にちなんだ和菓子で地元の人たちに愛されてきた老舗和菓子店「三盛楼」(逗子市逗子)が5月30日、75年の歴史に幕を下ろした。2代目として50年以上にわたり暖簾を守ってきた坂井田正志さん(75)は「振り返ってみるとあっという間だった。やり切ったと思う」と誇らしげにその胸中を語った。
同店は坂井田さんが生まれた年と同じ1951年創業。閉店の主な理由は坂井田さんを含む職人の高齢化だ。
実は5年前に坂井田さんが大病を患った際にも一度は閉店を覚悟したという。しかし、同時期に市内の同業者が店を畳んだことから、「和菓子屋がないとお祝いの赤飯や1歳の一升餅などもなくなり、お客さんが困るだろう」と奮起。「だましだましやってきたが、ついに限界がきた」と今回の決断に至った。
5月上旬、店先に閉店を知らせる張り紙をしたところ「さみしい」「残念」といった声が多数寄せられた。5月25日、店を訪れた逗子生まれ逗子育ちの40代女性は「親の代から長く通っている。おはぎとお団子、そして何より最中が一番おいしい。張り紙を見てびっくりした。閉店なんて信じられない」と突然の別れを残念がった。
同店の代名詞で神奈川県の指定銘菓でもあったのが「浪子最中」だ。一時期は明治神宮へ献上実績もある逸品で、坂井田さんは「北海道産の良い小豆を使い、自前であんこにしていたので風味が全然違う」と職人としての矜持を覗かせる。
かつて池子の森付近にあり、旧日本海軍の土地接収により消滅した「柏原村」から名付けた蒸し菓子の「柏原」も人気を集めた。「先代が村の人と幼馴染だったことから生まれたお菓子。店はなくなるが、形を変えてでも『柏原』の名を残すものが他で作られたらと思う」と地域の歴史を繋ぐ思いも強く語った。
スターも通った店
長い歴史の中で、同店は喫茶や洋菓子を扱っていた時代もあった。土地柄もあり著名人も多く訪れ、「石原裕次郎さんが慶応大学時代にバースデーケーキを注文してくれた、とおばから聞いている」といったエピソードも残る。
坂井田さんは「昔は夏はみんな水着姿でパラソルとバスタオル持って歩いていた。海の周りには会社の保養所や寮がたくさんあって、土産の注文がたくさん来てた。逗子もずいぶん変わったね」としみじみと語った。
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