鎌倉 スポーツ
公開日:2026.05.29
鎌倉学園硬式野球部・武田隆前監督 32年間の感謝を込めて OB会が退任労う
私立鎌倉学園の硬式野球部監督を32年間務め、近年は校長として組織づくりをけん引した武田隆氏(70)が今年3月に退職したことを受け、同部OB会が5月17日、横浜市の崎陽軒本店ダイナスティーで「武田隆監督 感謝の集い」を開催した。同部OBや後援会など約130人が参加し、武田前監督の長年に渡る尽力をねぎらった。
武田さんは、早稲田大学を卒業して1978年の同学園赴任初年度から2009年まで、硬式野球部の監督を務めた。
感謝の集いでは、共に野球部を支えた元野球部部長や野球部後援会会長らが武田さんの活躍を称えた。さらに、武田さんが選ぶ「ベストナイン、ベンチ20人」、「32年間の景色」などの映像も放映された。また、記念品の贈呈や応援団OBも参加しての「鎌倉節」披露や校歌斉唱なども行われ、笑顔の絶えない盛況のひと時となった。
教え子たちの企画した集いに武田さんは、「部員や保護者をはじめ、皆様の支えがあっての32年間だった。本当にありがたい」と感謝の言葉を口にする。
堅守を柱に
同学園硬式野球部は、武田さんの在任中に夏の甲子園出場は叶わなかったが、強豪ひしめく激戦の神奈川県大会において、上位進出を何度も果たしてきた。
武田さんが着任する以前の同学園野球部は、昭和30年代から40年代前半にかけて幾度も県ベスト4や決勝に進み、強豪として知られた。しかし、他校も選手獲得に力を入れるなか、決勝や準決勝への進出が叶わない期間が続き、「着任した当時の部員は十数人で、3年生もいなかった」と振り返る。
武田さんの野球は「守備で流れを作る」スタイル。「守備ができていないチームは、自分から負けていく。まずは守りにほころびが無いように指導することは、ずっと変わりません」とうなづく。「あの頃は自分も若くて、選手にはずいぶん無茶をさせたけれど、良くついてきてくれた」と当時の部員をほめる。
指導が花開き、3年目の1980年に夏の県大会でベスト4となり、87年には後に福岡ダイエーホークス(当時)にプロ入りする若田部健一投手を擁して再びベスト4に入る。そして88年には、ついに決勝へ。法政二高に敗れたが、甲子園まであと一歩のところまで迫った。「ノーシードから決勝まで行ったが、今振り返ると、小柄な投手に続けて投げさせたのが負担だったと思う。あの投手を温存していたら違った結果になっていたかもしれない」。その悔しさは、今なお脳裏に焼き付いている。
近年、同学園では陸上やボクシング、剣道などスポーツだけでなく、囲碁などさまざまな部活で好成績を収めている。「文武両道を目指す生徒が入学してくれるのは、本当にうれしい。鎌倉学園中学校の軟式野球部も活躍しているので、その選手が進学したら、硬式野球部も今後が楽しみ。校長から退いたこれからは、一人の『鎌学ファン』として応援していきたいですね」
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