戻る

秦野 文化

公開日:2026.07.31

「地域の絆」踊り継ぐ 秦野市に伝わる無形民俗文化財の相模のささら踊り、瓜生野盆踊り

  • 【写真左】秦野ささら踊り保存会のメンバーと「ささら踊り」 【写真右】瓜生野盆踊り保存会のメンバーと「瓜生野盆踊り」

    【写真左】秦野ささら踊り保存会のメンバーと「ささら踊り」 【写真右】瓜生野盆踊り保存会のメンバーと「瓜生野盆踊り」

 秦野市に伝わる数々の踊りの中でも、地域のアイデンティティーとして大切に守り継がれてきた「無形民俗文化財」がある。神奈川県指定の「相模のささら踊り」と、秦野市指定の「瓜生野盆踊り」だ。今回は、今なお地域の人々の手によって受け継がれている2つの伝統の踊りにクローズアップする。

復活から半世紀、園児とともに未来を紡ぐ「相模のささら踊り」

 「相模のささら踊り」の灯を秦野で絶やさぬよう活動を続けているのが、1976年に結成され、今年で50周年の節目を迎えた「秦野ささら踊り保存会」(岩村恭子会長)だ。

 ささら踊りとは、江戸時代に旧相模国一帯で盛んだった踊り。細く割った竹を束ねた楽器「ささら」を擦り合わせてシャンシャンと拍子を取り、独特な唄に合わせて扇や手ぬぐいを手に踊る姿が特徴的。秦野では主に北地区を中心に親しまれていたが、大正末期に一度は途絶えた。

 しかし、地域の伝統を残そうと有志によって同保存会が立ち上がり、見事に復興を遂げた。その翌年の1977年には秦野市の無形文化財に、2008年には「相模のささら踊り」として神奈川県指定無形民俗文化財に指定されている。

 現在、保存会の会員は19人。北地区の納涼祭などで踊り姿を披露している。かつては地元の小学校の運動会で児童たちが踊る定番種目でもあったが、コロナ禍を境にその機会は途絶えてしまった。それでも保存会は歩みを止めず、現在は北幼稚園の園児たちへの指導を通じて次代への種まきを続けている。昨年11月には「第30回全国報徳サミット秦野市大会」で、各地から集まった参加者の前で、園児とともにささら踊りを華やかに披露している。

 指定文化財となっているのは「扇踊り」「蝶々踊り」「かえる踊り」の3種類だが、保存会では独自に「飴屋踊り」も復活させ、現在は4種類を季節の行事に向けて熱心に練習している。

 ♪戸川踊り子は ソンライ 師匠はとらぬ〜

 ♪送りましょうか 送られましょうか せめて戸川の橋までも〜

 唄には、こうした北地区や戸川といった、地元ならではの単語が出てくるのも面白い。

 「当時、小学校で教わった卒業生たちは今も体に染み付いているはず」と岩村会長はほほえむ。「今は幼稚園の園児だけでなく、保護者の方々も一緒に輪に入って覚えてくれています。まずは『踊るのって楽しいんだよ』という体験を伝えていきたいですね」

 岩村会長の情熱は保存会に留まらない。自身で「秦野盆踊り部」を立ち上げ、仲間とともに市内の盆踊りをマスターして踊る機会そのものを増やそうと奔走している。

 「市内には素晴らしい伝統を伝える団体がたくさんあります。お互いに交流し、刺激し合いながら、秦野の伝統をみんなで発展させていけたら」。保存会の次の舞台は10月24日開催の北公民館「まきの木まつり」。披露に向けて、準備を進めている。

百八松明(ひゃくはったい)と共に受け継がれる全国にも響いた「瓜生野盆踊り」

 江戸時代中期に伝来したとされるのが「瓜生野盆踊り」だ。1977年に秦野市の無形民俗文化財に指定され、2年後に「瓜生野盆踊り保存会」(遠藤亮子会長)が発足した。三重県の「伊勢音頭」の流れを汲むこの踊りは、地元の勇壮な火祭り「瓜生野百八松明」と一対の文化として守られてきた。

 瓜生野盆踊りは珍しい3部構成となっている。何も持たずに舞う手踊りの1部「瓜生野盆踊り(わかまつさま)」、手ぬぐいを使って踊る2部「ささら舟」、そして扇踊りの3部「おっちょこちょいのちょい」へとつながっていく。もともと年頃の娘たちが踊る踊りであたっため、しなやかで女性らしい所作が随所に残るのが特徴だ。

 遠藤会長によると、1部のわかまつさまの唄は82年、日本フォークダンス協会主催の「全国民踊10選」に選出され、レコード化された。

 ♪めでたなーえ めでたの わかまつさまよ エーヨイヨイ〜

 こんなフレーズで始まる唄を、当時のメンバーが東京までレコーディングに赴いたというエピソードは、今も語り草だ。これを機に、96年には「全日本民踊指導者講習会」に招待され、瓜生野盆踊りを全国へレクチャーした実績も持つ。

 弘法山の山頂から2〜3mの大きな松明に火を灯して、一気に山道を駆け降りる「瓜生野百八松明」の後に踊られるこの盆踊り。かつては8月14・15日の2日間にわたり踊られていたが、98年からは1日開催となり、現在は毎年8月14日、百八松明の後に地元住民らが集まり、南矢名上部町内会館前で2重、3重の盆踊りの輪が広がる。コロナ禍による一時休止という危機もあったが、現在は地元の自治会、そして瓜生野百八松明保存会とタッグを組み、「三位一体」で伝統を守り抜いている。

 現在のメンバーは、踊り手や役員、協力者を含めて31人。次世代への継承としては大根小学校の3年生への指導を毎年行っているほか、大根公民館まつりなどの地域のイベントにも参加し、子どもたちと一緒に踊っている。

 遠藤会長は「先人たちからの『この踊りを残したい』という熱い一念を、私たちは何より大切にしたい。百八松明とこの盆踊り、どちらが欠けても瓜生野ではありません。2つセットで、これからもこの土地に深く根付かせていきます」と言葉に力を込めた。

 時代やライフスタイルが変わっても、人々の思いによって受け継がれてきた盆踊りには「地域の絆」が息づいている。秦野が誇る生きた文化財として、次の世代へつないでいくべきものだ。

秦野 人気記事ランキング

  • 前日
  • 1週間
  • 1か月

秦野 人気記事ランキング

  • 前日
  • 1週間
  • 1か月

ピックアップ

すべて見る

意見広告・議会報告

すべて見る

秦野 ローカルニュースの新着記事

秦野 ローカルニュースの記事を検索

コラム

コラム一覧

  • LINE
  • X
  • Facebook
  • youtube
  • RSS