秦野 コラム
公開日:2026.09.18
秦高100周年に寄せて コラムリレー 広畑ヶ丘空はれて 第15回 長嶋 優(高47回卒)
1993年、サッカー日本代表のオフトジャパンがワールドカップ初出場の切符を逃したその年、私は秦野高校の2年生でサッカーと読書に夢中だった。
当時の私の夢は、プロサッカー選手。夢は大きく。それが秦高生の私の長所だった。毎朝一人で取り組んだ自主練習。大学進学も初めての恋もかなぐり捨てて追いかけた大きな夢。
そうして訪れた、高校生活最後の大会となったインターハイ神奈川県予選。何の強みもなかった私が、怪我で欠場を余儀なくされた背番号10の中心選手に代わって初出場を果たした。しかし、私は緊張のせいか何もできず途中交代を命ぜられ、チームは敗北し、私の青春は終わった。私は号泣した。
あれから33年が経ち、その間、私は「統合失調症」という精神疾患を患った。しかし私は秦高卒の夢追い人、新しい夢は小説家だ。
何故、小説家だったのか。それは秦高時代、現代文の担当だった若い教師に、私が生まれて初めて書いた原稿用紙五枚の短い小説を絶賛されたことに起因する。
精神を病み、職を失い、家に引きこもるようになった私だったが、小説を書くことだけはやめなかった。
母校である秦野高校が創立100周年を迎える令和8年、私は50歳という人生節目の年齢になる。
人生100年時代、私は残りの50年の人生も大きな夢を追いかけて生きていくだろう。
それが、「夢は念ずれば花開く」という、人生の真髄を高校時代に学び得た"秦高魂"を持つ者の生き様なのだから。
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