横須賀・三浦 コラム
公開日:2026.06.19
わたしのまちでいきる きょうだいの想い 編 【14】妹を兄として愛すまで「一般社団法人sukasuka-ippo代表理事 五本木愛」
この連載では、障がいを持って生まれたうららの兄、蓮から見た妹の姿やきょうだい児として感じてきたことなど、さまざまなエピソードを紹介します。
「妹は障害がある、だからお前たちのようにはなれない。けれど、それが不幸ではない」--。
歩行は困難。走ることは尚難しい。話すことはほとんど不可能に近い。友人と遊ぶことはおろか、私たち兄弟と気兼ねなく出かけることすらままならない。これが不幸ではない? 私が想像する幸せを、何の変哲もない日常を、妹が過ごすこと。それが難しいという現実が不幸ではない? 人から白い目を向けられるかもしれないことが? だから言っただろう。「妹なんていらなかった」
産まれなければ、妹は不幸にならずに済んだんだ。それを両親のエゴイズムでこの世に生み落とし、挙句の果てには"普通"すら奪ったのだ。そりゃ、両親は不幸じゃないと言うだろう。ただそれは本心か? そう言わなくてはならないという義務ではないのか? 妹がかわいそうだ。これから妹に襲いかかるであろう不幸、いや"普通"であれば回避できた障壁の全てが「あんたらのせいだ」。そんな感情が湧き上がっていた。
ただ以前とは少し違った。産まれる前は妹は欲しくない、産んでほしくないと思っていた。つまり私の気持ちによるものだった。しかし妹の障害が判明してからは、妹がかわいそうという気持ちが前面に押し出された。妹は不要だったという意見に変わりはないが、その真意は少しずれていた。それに気が付いたとき、私はすでに妹を妹として迎え入れ、兄として正しく愛そうという気持ちがあったんだと思う。
-次回に続く
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