八王子 コラム
公開日:2026.04.09
―連載小説・松姫 夕映えの記― 第7回 作者/前野 博
(前回からのつづき)
韮崎に築城している新府城も、武田家の防衛強化の姿勢だけが目につき、武田勝頼の声望は坂道を転がるように下って行った。天正十年の正月、竣工した新府城に一族親戚衆を集め祝賀の宴が催された。例年の華やかさもなく、盛り上がりのないままに宴はお開きとなってしまった。
「兄上様、高遠の城に松をお連れ下さい」
新府城の庭から月明かりに白峰の山脈が黒く聳え立つのが望めた。松姫は実兄の仁科信盛にそっと話しかけた。
甲斐へ向かって軍を進めて来る織田に対して、武田は果たして守り切れるだろうかと誰もが不安であった。天正九年の秋、長い間武田家に人質となっていた信長の五男・御坊丸こと勝長を信長のもとに返還した。何とか和睦の道を探ろうとしていた勝頼であったが、信長の武田家討滅の決意は固く、何らの返答もなかった。
「織田とはいつ戦になるかわからん。高遠は美濃から攻め入る織田軍と戦う最前線の城となる。あまりに危険だと思うが......」
「今、躑躅ヶ崎の館や新府の城にはいたくはないのです」
「そうか、お松の気持ちわからぬでもない」
信盛は勝頼側近の混乱した状況がよくわかっていた。織田との和睦を画策する一派が松姫を利用しようとした。織田信長の嫡男信忠と松姫が婚約の契りを交わしていた時があった。その時の繋がりを求めようという動きであった。結局はその話も潰えてしまったが、松姫に関する噂だけは終わることなく城館の内外に流れていた。織田信忠は未だ松姫様に未練がおありのようだ......。松姫様も手紙の遣り取りをしているとか......。織田の軍勢が甲斐に攻め込む前に松姫様は織田の領土へ逃亡する計画があるとか......。いや、すでに松姫様は甲斐にはいない......。安土の城で松姫を見た者がいるとか......。
信盛も妙な噂は聞いたことがあった。
〈続〉
◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「松姫 夕映えの記」を不定期連載しています。
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