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藤沢 スポーツ

公開日:2026.09.11

高校野球の名将、鶴岡監督が勇退 「出たとこ勝負」の変わらぬ情熱 公立率いた45年の指導術

  • 大清水高が秋大会でベスト4入りした際、生徒の保護者からもらった時計を持つ鶴岡さん

    大清水高が秋大会でベスト4入りした際、生徒の保護者からもらった時計を持つ鶴岡さん

 神奈川の高校野球界をけん引し、これまで公立校を上位進出へと導いてきた鶴岡英一さん(67・湘南台在住)が今夏、45年間にわたる監督人生に幕を下ろした。初任地の大清水高校(現藤沢清流)をはじめ、茅ヶ崎北陵、横浜桜陽、藤沢工科、相模原弥栄と渡り歩いた先々で実績を残してきた名将。「もう年だし、引き際かな」と引退を決意した。「野球の監督をやりたくて体育教員になった。思いを貫くことができて幸せだった」と晴れやかな表情で振り返る。

 大清水時代には、秋の神奈川県大会準々決勝で強豪・横浜高校を破り、ベスト4に進出。あと一歩で甲子園というところまで迫るなど、公立校の歴史に名を刻んだ。

 私立校がしのぎを削る現代の高校野球に、公立校を率いる苦労もあった。根性論や長時間練習の時代から、科学的根拠と生徒の自主性重視へと変化した時代の波にも直面。ただ指導の根本は一貫して揺らがなかった。

 「基本の練習メニューや指導法は大きく変えていない。大切なのは、自分の情熱がどう生徒に伝わるか。上辺だけではなく、心と心を通わせることが不可欠だった」

 冬場の名物となったトラックのタイヤ引きやウエイトトレーニングなど、独自の体力作りの仕方で選手を徹底的に鍛え上げた。「誰が相手でも怯まず、力を出し切り、あきらめずに粘り強く戦う」という姿勢は、近年掲げる「出たとこ勝負」という言葉にも表れている。その結果、夏の神奈川県大会でのシード権獲得は通算13回を数え、環境の異なる学校へ赴いても結果を出し続けた。

 厳しい指導の裏にあった深い愛情と情熱は、教え子の心に今も色濃く残っている。薩美良太郎さん(56・遠藤在住)は大清水高の8期生で、野球部だった。40代になり同窓会で鶴岡監督と再会。「『お前よく頑張ってたよな』という監督の言葉に、見ていてくれたんだと思って涙がこぼれた。監督がいなければ今の自分はいない」。仕事に対する情熱は自身に受け継がれ、現在は整骨院の運営に汗を流す薩美さんのほか、教え子からの感謝の声は絶えない。

 「天職だった」と鶴岡監督。「指導者は情熱の伝え方を考え、柔軟に変えなければならない。子どもには名前や評判だけで進路を決めるのではなく、あらゆる指導者や学校の中身をしっかり見て選んでほしい。公立校にも素晴らしい環境や指導者はたくさんいるから」

 グラウンドを去る背中には、誇りと教え子への温かな思いが満ちあふれていた。

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