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鎌倉 コラム

公開日:2026.09.11

鎌倉のとっておき 第201回 鎌倉尼五山(後編)

  • 尼五山二位東慶寺本堂

    尼五山二位東慶寺本堂

 鎌倉・京都の尼五山が廃絶・衰退してゆく中で住職は男性へと変わったが、唯一現存しているのが尼五山二位東慶寺である。開山は八代執権北条時宗の妻覚山尼、開基はその子貞時である。また鎌倉五山二位の円覚寺の開基は時宗、鎌倉街道を挟んで夫婦ゆかりの寺が向かい合う。

 東慶寺は縁切り寺・駆込み寺の名で知られ、明治4年「縁切寺法」が廃止するまで多くの女性を救った。後醍醐天皇の皇女であった五世用堂尼以来寺は栄え高い寺格を誇った。二十世天秀尼は徳川家康孫の千姫の養女、家康の命を受け東慶寺に入山した。ちなみに千姫は本多忠刻と再婚する為、群馬県太田市徳川町の同じ縁切り寺「徳川満徳寺」に入ったと伝えられているが、実際は千姫の代わりに乳母の刑部局が入山し住職を務めた。江戸時代は離婚法が無く多くの女性が尼寺へ救済を求めた。山門の中に自分の持ち物の簪や草履を投げ込めば駆け込んだと見なされた。門前には「仙台屋」「柏屋」「松本屋」三軒の御用宿があり、現在の家庭裁判所、御用宿の主人は裁判長の役割があったようだ。現在も境内には一年中様々な花が咲き、尼寺の頃の名残りを感じさせる。また寺宝の「水月観音菩薩半跏像」は「息をのむほど優美な美しさ」と称賛され、西御門来迎寺の「如意輪観世音菩薩像」と共に鎌倉で最も美しい仏像と言われている。

 前編でも記した、安房から戻された元太平寺の本尊「聖観音菩薩立像」と共に尼寺らしい仏さまが迎えてくれる。

井上靖章

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