鎌倉 コラム
公開日:2026.08.28
鎌倉のとっておき 第200回 鎌倉尼五山(前編)
かつて鎌倉と京都には尼五山が存在した。室町時代に幕府が定めた五山制度にならい禅宗(臨済宗)の尼寺五つに寺格を制定した。しかしその後の戦火などにより廃絶、衰退し鎌倉・京都の中で唯一東慶寺のみが現存している。
尼五山の殆どは場所、廃絶時期が不明である。先に廃寺から記すと、尼五山三位「国恩寺」は東慶寺門前にあったようだが、開山や創建時期は不明である。次に四位「護法寺」は荏柄天神社の傍らにあったとされるが、他に小町にも護法寺という地名が残っている。五位「禅明(妙)寺」は正確な場所は不明だが犬懸ヶ谷の大きなやぐら付近とされる。これら三ヶ寺は鎌倉御所に招かれ、お茶のもてなしを受けたという記録が残る。
そして尼五山筆頭太平寺は西御門の来迎寺付近にあったとされる。創建について一説によると平治の乱で父 義朝と共に敗れた頼朝は池禅尼の助言で命を救われた。その旧恩に報い、姪の妙法尼の為に寺を建てたとされる。寺はその後初代鎌倉公方足利基氏の妻青渓尼が中興、以降足利氏の女性が住持を務め繁栄した。そして戦国時代に入り安房国の里見義弘が鎌倉を侵攻した際、当時住職であった青岳尼が本尊と共に連れ去られ廃寺となった。
現在太平寺の姿を見る事は出来ないが、当時の仏殿は円覚寺塔頭正続院に移築され国宝舎利殿として現存している。また安房に持ち去られた本尊聖観音菩薩立像はその後東慶寺に戻された。一度奪われた仏さまが同じ尼五山に安置されたと言う微笑ましい話である。
井上靖章
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