戻る

秦野

公開日:2014.05.01

碑に残る「記念樹」
閑院宮春仁王が視察

  • 震生湖バス停付近の記念碑

 1923年8月31日、台風の影響で1時間に57㎜の雨が秦野に降った。地盤が緩んだ翌日の関東大震災で山林等が崩落。土砂が市木沢を埋め小川を堰止めたため震生湖ができた。地震発生の日、下校中だった少女2人がこの付近で行方不明となる。その後も捜索が行われたが発見されなかった。



 1925年、秦野で行われた陸軍近衛師団演習に閑院宮春仁王が訪れ、震生湖周辺を視察された。関東大震災で、小田原の別荘にいた妹の寛子さまを亡くしたこともあり、妹と行方不明の少女らを重ね「深く同情した」との見方もある。閑院宮春仁王の視察を記念し地元住民が松を植え、「記念樹」と刻まれた碑を建立。現在、松は枯れ、震生湖バス停付近の記念碑だけが当時を偲ばせている。

 

    秦野 人気記事ランキング

    • 前日
    • 1週間
    • 1か月

    秦野 人気記事ランキング

    • 前日
    • 1週間
    • 1か月

    ピックアップ

    すべて見る

    意見広告・議会報告

    すべて見る

    秦野 ローカルニュースの新着記事

    秦野 ローカルニュースの記事を検索

    コラム

    コラム一覧

    • LINE
    • X
    • Facebook
    • youtube
    • RSS