戻る

八王子 コラム

公開日:2025.04.03

―連載小説・八王子空襲―キミ達の青い空
第19回 作者/前野 博

 (前回からのつづき)

 洋品店の今の家賃から、キミの月々の介護施設料金を捻出していた。隆達夫婦は、年金と貯蓄を切り崩しながらの生活であった。家賃の値下げになれば、隆達の生活を相当に切り詰めなければ、キミの施設暮らしは維持できない。その時は、キミを自分の家に引き取ればいいと兄弟達は言うかもしれない。

 だが、それは無理であった。認知症の進んだキミを再び自分で世話をするなど、隆には気力も体力もすでになかった。妻の咲子もご免だと言っているし、その時は駅前通りの家を処分するべきだと、主張していた。処分と言っても、そう簡単に行くはずはない。面倒なことが山積みしている。

 キミは気持ち良さそうに寝ていた。隆は、キミのベッドの下に布団を敷いたが、まだ寝るには早いと隣の部屋でテレビを見ていた。駅前通りから、時々、酔っ払いの騒ぐ声が聞こえてきた。以前の駅前通りは、もっと騒々しかった。二十四時間営業をしている、コンビニ、カラオケ、インターネットカフェ、ファミレスと、並んでいるが、客の入りは今ひとつであった。客引きだけが増えている感じであった。

 「報道ステーション」が終わった。

 「わかったわ、帰るわよ。傍へ寄らないで、あっちへ行っておくれ!」

 突然、キミの叫び声が聞こえた。

 隆は、テレビを消した。

 ―やっぱり、母は、落ち着いては寝ないだろうな。まあ、いいや。私も、寝ようとすれば、苛立つだけだ。そのつもりで、母の部屋で、横になっていればいい。

 「母さん、どうした?」

 「ほらっ、あそこにお父さんがいるだろう」

 キミはベッドに腰かけ、部屋の隅にある仏壇を指差した。

 「そうだよ、父さんは、あそこにいるよ」

 そこには、父親の位牌がある。

      〈つづく〉

◇このコーナーでは、揺籃社(追分町)から出版された前野博著「キミ達の青い空」を不定期連載しています。

ピックアップ

すべて見る

意見広告・議会報告

すべて見る

八王子 コラムの新着記事

八王子 コラムの記事を検索

コラム

コラム一覧

求人特集

  • LINE
  • X
  • Facebook
  • youtube
  • RSS