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横須賀・三浦 コラム

公開日:2026.08.14

三郎助を追う 〜もうひとりのラストサムライ〜 第56回 文・写真 藤野浩章

  • 小栗上野介像(東善寺)

    小栗上野介像(東善寺)

  • 三郎助を追う 〜もうひとりのラストサムライ〜 (写真2)

 薩摩は生麦事件の責任も取らず、幕府をないがしろにしてテロ行為を乱発している。長州は朝廷を攪乱(かくらん)し、京都は攘夷の嵐。そこに家茂(いえもち)が上洛せざるを得ないほど、幕府の権威は風前の灯火だ。

 そんな中、いわば制服組ナンバー2の役職として、三郎助は奉行に上申書を提出する。

 ●横浜を閉港し、交易は箱館・長崎の二港だけに限れば、物価は安定し、人心も落ち着くはずだ。

 ●外国に対して日本からは決して戦を仕掛けてはならない。その前に外国から武器や軍艦を輸入し、富国強兵を図るべき。

 加えて攘夷の実行は数年延期すべきとも。これらは多くの役人や若手官僚の考え方、というか願いであったろう。

 大島昌宏の『罪なくして斬らる』が原作の2003年のNHKドラマが再放送されているが(欄外参照)、大河ドラマの予習としてもぜひ見ておきたい。それにしても、裏側では大混乱に陥っている政情の中で、堂々と"国家百年の構想"をぶち上げる小栗はやはり、今から考えれば傑出した人物だろう。しかし当時は、勝海舟を始めとして誰もが奇異に感じていたであろうことは、容易に想像できる。

 三郎助も上申書で、富国強兵は当然としても、軍艦は外国から輸入すべしと主張している。これは勝も同様で、ドラマでは「自前で造ったら五百年はかかる」と、小栗のライバルとして登場している。当時はまさにそんな雰囲気だったのだ。

 しかし小栗も勝も三郎助も"守るもの"は共通していた。同じ方向を向いていた3人は、どこで道を違(たが)えていくのか。本連載は、小栗と三郎助の対面から、いよいよ舞台は北へ移っていく。

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