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町田 文化

公開日:2026.04.30

君島先生の石像めぐり 成瀬の天狗型道祖神

  • 成瀬にある天狗型道祖神の1つ

    成瀬にある天狗型道祖神の1つ

  • 町田市登録有形民俗文化財となった

    町田市登録有形民俗文化財となった

 町田市成瀬には、「天狗型道祖神」または「天狗童子像」と呼ばれる3体の石像が残されている。いずれも江戸時代中期に造立されたもので、2025年3月7日、「成瀬の天狗型道祖神(3基)」として町田市登録有形民俗文化財となった。遠くから見ると地蔵のような見慣れた石仏に見えるが、近づくと鳥のような羽が表されており、天狗の姿であることに気づく。天狗の姿をした道祖神は全国的にも珍しく、町田市文化財保護審議会資料によれば、多摩地域や神奈川県下も視野に入れて類例を確認したものの、天狗の造形をもつ道祖神は発見されていないという。

本来は

 道祖神とは本来、村境や辻、坂道、橋のたもとなどに置かれ、外から侵入する疫病や災厄を防ぎ、共同体の境を守る存在として理解されてきた。だが、全国各地の調査研究が示すように、道祖神信仰は固定的なものではない。防災・防疫の神であると同時に、旅の安全、村の安寧、さらに子宝や生殖、豊穣に関わる現世利益の神としても祀られ、その造形や機能は地域ごとに大きく異なる。文献資料が必ずしも豊富ではない一方、近世中期以降に各地で大量に造立された石造物は、その変化をたどる重要な手がかりとなる。また、道祖神は「どんど焼き」のような小正月の火祭りとも深く結びつくが、石塔の分布と儀礼の分布・機能は必ずしも一致しない。したがって道祖神とは、単一の定義で固定できるものではなく、地域社会の必要に応じて姿と意味を変えてきた流動的な信仰対象なのである。

 そもそも成瀬の天狗型石像が「道祖神」とされる理由は、南成瀬8丁目の像に「道祖神」と刻まれているためである。町田市の資料によれば、1737年の像は山之根村氏子、1729年の像は木目田講中、年紀不詳の像は東光寺村氏子によって造立された。近い時期に近い地域で建立されていることから、類似した信仰背景のもとに造立されたと考えられ、いずれも道祖神とみなすことは妥当であろう。現在の所在地は、神社境内(成瀬5丁目)、児童公園内(南成瀬4丁目)、坂道へ続く分岐点(南成瀬8丁目)であるが、前二者はもともと橋のたもとにあり、区画整理にともなって現在地へ移された。つまり、これらは村の境界を守る道祖神であった可能性が高い。現在も周囲で「どんど焼き」が行われている像があり、かつて行われていた例も確認されることから、民俗儀礼の面からみても、天狗型石像を多様な道祖神信仰の一形態として捉えることは自然である。

なぜ天狗型

 さて、問題はなぜ天狗型なのかという点である。三体はいずれも摩耗が進み、細部が判然としない箇所も多い。羽をもつ舟形であることは共通するが、服装には違いがみられる。成瀬5丁目の像は、菩薩のような天衣と山伏のような括り袴を身につける。南成瀬4丁目の像は摩耗が激しいものの、江戸時代の石仏に多くみられる裙(くん)という巻スカート状の衣をまとっている。南成瀬8丁目の像は山伏のような括り袴を着け、天狗が持つとされるヤツデの葉に似た羽団扇と杖を手にしている。ところが頭部には、天狗が通常かぶる頭襟ではなく、江戸時代の観音菩薩像などに似た髷が表されている。いずれの像も羽によって天狗と認識されるが、その造形には江戸時代の石仏にみられるさまざまな要素が混在している。さらに、南成瀬8丁目の像は三体のなかで比較的顔の摩耗が少なく、顔貌を判別しやすい。そこには鳥の嘴のような形状が認められ、この像は長い鼻をもつ鼻高天狗ではなく、鳥のような顔をもつ烏天狗的な形状を参照した可能性が高い。高い鼻ではなく嘴をもつという点は、この像の信仰的背景を考えるうえで重要な手がかりとなるかもしれない。

日本では

 天狗は、中国から伝わった怪物を原型としながら、日本ではそれとは大きく異なるかたちで展開してきた。中世から近世にかけては、鳥のような嘴をもつ烏天狗的な姿から、鼻の長い人間型の鼻高天狗へと図像が広く展開していったと考えられている。その性格も一様ではなく、山中に棲む霊的存在であると同時に、修行者としての山伏の姿と結びつき、さらに地域を守護する力をもつ存在としても理解されてきた。長い鼻をもつ天狗は、その特徴の類似から日本神話の猿田彦と結びつけられることもある。実際、道祖神のなかには猿田彦とその妻を表した石像も複数存在している。そのため、もし成瀬の天狗型道祖神が高い鼻をもつ像であれば、猿田彦信仰との関係を考えることもできたかもしれない。しかし、成瀬に残された像のうち、顔貌を識別できるものは鳥形の天狗なのである。

 鳥のような顔をもつ江戸時代の石像は、各地に少なからず見られる。たとえば、飯縄権現や秋葉権現といった、山岳信仰や修験道と結びついた神仏習合の尊格である。これらは烏天狗に類似した姿をとるが、不動明王と同じく剣と羂索(ロープ)を持つことが多い。また、烏天狗が山伏の服装で表されるのに対し、飯縄権現や秋葉権現は天衣や裙を身につけた姿で表されることが多い。成瀬周辺にも、かつて修験道に関わる寺院が存在していたことが知られている。成瀬の三体の像に、天狗の造形と仏教の菩薩や明王の服装が取り入れられた背景には、修験道や山岳信仰の影響があったのだろう。そして、その姿が固定化されていない点にこそ、江戸時代の信仰の多様性を見て取ることができる。

 烏天狗、飯縄権現、秋葉権現などに通じる鳥神的なイメージの背景として、仏教の八部衆や二十八部衆の一尊である迦楼羅を想起することができる。迦楼羅は、龍を食べる霊鳥とされる尊格で、その起源はインド神話に登場する神鳥ガルダにさかのぼる。ガルダはヒンドゥー教においてヴィシュヌ神の乗り物とされ、インド世界では広く知られた存在である。こうした鳥神のイメージは、仏教の受容とともに東アジアへと伝わり、日本では迦楼羅として仏教世界に組み込まれた。さらに日本では、烏天狗や飯縄権現、秋葉権現といった多様な尊格の造形を考えるうえで、重要な背景の一つになったとみることができる。なお、ガルダは東南アジアでも広く親しまれており、タイ王国の国章に表され、インドネシアでは国営航空会社の名称にも用いられている。

思い巡らせる

 町田市成瀬という限られた地域に立つ3体の石像は、一見するときわめてローカルな存在である。しかし、その姿を丁寧に見ていくと、道祖神としての機能、天狗や修験道のイメージ、さらにはアジア各地に広がる鳥の神への信仰にまで思いを巡らせることができる。成瀬の「天狗型道祖神」は、地域ごとの想像力と祈りのなかで、道祖神がいかに柔軟に造形されてきたかを伝える、きわめて興味深い遺例である。

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