さがみはら中央区版 掲載号:2021年3月18日号 エリアトップへ

記憶と教訓を 「伝承に」

社会

掲載号:2021年3月18日号

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(上)震災の数日後、福島県小名浜地区にできた給水所(下)穏やかな表情で10年間を振り返った吉田さん
(上)震災の数日後、福島県小名浜地区にできた給水所(下)穏やかな表情で10年間を振り返った吉田さん

吉田 久仁子さん和泉短期大学非常勤講師

 福島県いわき市の清風幼稚園(現・認定こども園りんごの木)の職員室で被災したのは、園長になって1年目のことだった。園に残っていた預かり保育の子ども6人全員の無事を確認。グラグラと揺れる園舎から歩けない子どもたちを連れて避難するのに、避難経路や避難滑り台は役に立たず、抱えて園庭まで駆け降りた。寒さに震える子どもたちを見て再び保育室に戻り、荷物やジャンパーを必死に窓から投げ降ろしたのを覚えている。

 その後は電話がつながらない中で、地震前に出発した園バスの捜索や園児の安否確認に奔走した。預かり保育の子どもを家に帰し、全てを終えて園舎を後にしたのは午後8時。帰路で立ち寄ったコンビニエンスストアにはその時すでに、煎餅しか残っていなかった。

 当時アメリカに留学していた息子からの国際電話を介して家族の安否や震災の被害を把握できたが、原発の被害を知ったのはその日の夜。「危険と言われても何に気を付ければいいかわからなくて、全く身に迫るものが無かった」と振り返る。

放射性物質との闘い

 見えない放射性物質との闘いが始まる――。

 震災から2日後、断水していたいわき市では給水所が次々に設置された。余震が続く中、給水所には行列が生まれ、水を補給するまで数時間ほど並ぶ必要があり、手のかかる子どもを連れた家族が大勢いた。その時すでに放射性物質が飛散していたとは誰も知らない。「放射性物質が引き起こす子どもへの影響を、この時からずっと不安に思って保護者たちは自分を責めてしまう。苦しみ、病んでしまう人もいた」。子どもたちの過ごす環境を整えること、そして保護者や職員の心のケアが自身にとっての大きな課題となった。

 いわき市から県外へ避難する人も多かったが、クラス担任が毎日電話をかけて連絡を取り合った。いわき市にとどまった家族に対しては園に届いた支援物資を園バスに積み込み、それぞれの自宅まで届けた。同年の7月からは保護者と職員たちの心のケアを目的に、スクールカウンセラーの派遣を依頼。月に2回のカウンセリングは常に予約でいっぱいだった。そうしたさまざまな手を尽くし、放射性物質への不安を抱え続ける保護者の心に寄り添い続けた。

多様性を受け入れる

 多くの人々が県外に流出したのと同時に、原発立地地域の人々がいわき市に移り住み、同園に入園してくるようになった新年度。原発に対する感じ方がそれぞれ異なる人たちが、幼稚園という1つのコミュニティーに属するようになった。保護者の中には原発で働いているという人もいた。「それぞれの立場の痛みを分かち合いながら、共に生きていく場所に変化させていくための配慮が大変だった」と思い返す。園が「教育現場」から「多様性を受け入れる場」への転換を求められていた。

 そのために、今までつながりがなかった弁護士や医療機関、行政などと連携を取って園を運営するように。保育に関してもさらに勉強しようと思い立ち、休日は学生として大学院に通いながら2016年度まで園長として子どもたちを守り続けた。

 その後は待機児童などを減らすために国が推進する「子ども・子育て支援新制度」の取り組みに尽力。小規模保育所の立ち上げに携わることをきっかけに一昨年に横浜へ移り住み、いわき市との交流は途絶えてしまったが、『いわき震災伝承みらい館』を起点に被災地を巡る教育旅行を企画する考え。「実際に訪れてもたいたい」と、今も故郷に思いをはせる。

 昨年からは和泉短期大学の講師として、自身の経験を伝えるべく教壇に立つ。「震災で大変なことはたくさんあったけれど、保育者として鍛えられて多くのことを勉強できた。これからは記憶と教訓を、『伝承』にしていかないといけない」

 子どもたち一人ひとりの命を預かる保育者として、どのように守っていくか。考え、走り続けた自らの10年が、未来の保育者たちの「心の備え」になるように、見えない放射線への不安と闘った日々をありのままに語り継いでいく。

1965年福島県いわき市生まれ。同市の幼稚園の園長に就任した年に被災。7年間園長を務めた後、多数の保育所の立ち上げに携わり、昨年から和泉短期大学で被災経験を伝えている。

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