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八重自筆の和歌見つかる 蘇峰記念館で公開

公開:2013年4月12日

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晩年の八重が詠んだ和歌と、それを納めていたとみられる封筒
晩年の八重が詠んだ和歌と、それを納めていたとみられる封筒

晩年に詠んだ故郷への想い

 同志社を創始した新島襄の妻八重(1845〜1932)が詠んだ和歌2首が徳富蘇峰記念館(二宮町)で見つかり、公開している。

 今年1月、資料整理の際に和歌を墨書したB4サイズ和紙1枚と封筒がそれぞれ裏打ちした状態で出てきたという。襄の教え子で八重と親交のあった蘇峰が彼女から直接和歌を受け取り、赤鉛筆で「昭和五年初夏 新島未亡人和歌」と記した封筒に入れたらしい。同館発行の『徳富蘇峰宛書簡目録』には掲載されていない資料。今回初めてその存在が確認された。

 2首の歌は「若松のわが古郷に来てみればさき立ものはなみだなりけり」「たらちねの御墓のあとをとふことも今日をかぎりとなくほとゝぎす」。同志社女子大学の『同志社同窓会学友会期報』(1930年5月)に掲載された八重の和歌4首のうちの2首にあたり、同館では「(掲載歌の)原作ではないか」とみる。

 八重は亡くなる2年前の1930年(昭和5年)4月、実家山本家の墓をまとめるために会津へ帰郷した。「一族に後継者がなく、先が見えてきた八重にとって、合葬墓を建てることは自分の務めであり、これが最後の帰郷になると思ったのだろう」と塩崎信彦学芸員。「亡夫襄と八重、会津のことも全て知る蘇峰に、真っ先にこの2首を見せたかったのでは。故郷会津に対する強い想いや高揚感が詠み込まれ、帰郷を果たした報告と当地での感慨を伝えるには白眉の歌」と話す。

 同館では八重が蘇峰に宛てた6通の手紙も展示中。

歌舞伎資料同時に展示

 新歌舞伎座の開場を記念し、蘇峰が愛した歌舞伎の資料展が4月9日から始まった。初代中村吉衛門や松竹創業者大谷竹次郎、新歌舞伎座の原型である第3代歌舞伎座を設計した岡田信一郎らの書簡、ブロマイド、大正時代のプログラムなどを展示。9月1日(日)まで。

 問い合わせは同館【電話】0463・71・0266。午前10時から午後4時まで。月曜休館。
 

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